2/9
そろそろ最高気温がプラスになる時期がやってくる。この時を待ちわびた。やっと思う存分ギターが弾ける。
そしてまた変なバンドを見つけた。Angine de PoitrineというバンドをKEXPが発掘し、注目が集まっているらしい。自分はやっぱりBattles、ドミコ、Aiming For Enrike、Adebisi Shank、Giraffes? Giraffes!みたいなルーパーを活用したバンドに惹かれることが多いな。
2/13
上の立場の人間が不機嫌にならないように下の人間が機嫌を取る(あらかじめ 先回りして色々やっておく)みたいなことが心底嫌い。デカい赤ちゃんかよと思う。しかもその赤ちゃんは権力を持っていて、自分の一存で下の人間をどうとでもできるから始末が悪い。今の社会システムがキモすぎて、もう全てを投げ出したくなることの多いこと多いこと。そういうシステムから距離を置くことは難しいが、どうすればそのシステムに与することなく生きていけるかということを考えている。
2/15
アナログホラーが好きではあるんだけど、最近はビックリ系や顔を歪めて怖くしたやつ(Mandela Catalogue辺りから増えた気がする)、日本だと代天府リスペクト系が多すぎてなかなかビビっと来るものとのめぐり逢いがない。アナログホラーとは少し違うかもしれないが、モキュメンタリー系が強いAdult Swimやファウンドフッテージ系の映画やドラマの方に気持ちが行ってるかも。
というかある種「クニコ」とかもアナログホラーだよなぁ。「リング」もドラマパート中心のアナログホラーといえるかもしれないし。やっぱり源流にファウンドフッテージものがあるのか。そもそもアナログ時代に作られたホラーはある意味産地直送と言ってもいいのでやっぱり強い。
2/19
吹雪が荒れ狂っている。外に出れば足は膝丈くらいまで雪に埋まり、顔にはものすごい勢いで雪が叩きつけられて痛い。雪国の民でもこれは辛い。
2/24
暖かくなってきた。まあこれから寒さは戻るらしい。長い目で見るしかないな。そんな中、BOSSのBCB-30Xというミニエフェクターボードを買った。ベース用に買ったエフェクターやメインのボードから溢れたものを収め、ベース用兼サブギター用ボードを作るという目的だ。
ウキウキしながらケーブルを繋ぎ置いてみたところ、パッチケーブルのスペースを全く考えていなかったことに気がついた。仮置きの時点ではいいのだが、ケーブルをつなぐとエフェクター間の幅が増えてボードの縁に干渉してしまう。この問題を解決するために、安いソルダーレスケーブルを買うことにした。新しいものを買うとさらに新しいものが必要になるという負のスパイラル。
3/1
3月に入ってしまった。ここ1ヶ月、自分は一体何をやって生活していたのか覚えていない。とにかく物欲に身を任せていたことだけは覚えている。自分にしては珍しく本を買ったり機材周りのアクセサリ類を揃えて生活環境面での向上を図ったりしたのだが、それ以外はAngine de Poitrineを狂ったように聴いていたことしか記憶にない。
3/2
人生の活力を保つためのものが必要だ。普通の日常生活を送るだけでも人生が”底”の方にどんどん寄っちゃうので、何らかの形でそれを引き戻す必要がある。自分の曲が好きだと思えて、曲を書くことが生きがいになれば一番いいのだが、まだそのレベルには到達できていない。音楽はめちゃくちゃ聴いている (そのせいで作る方がおろそかになっている) のだが、生きるための理由を持つためには自分から何かを生み出す必要がある。
3/12
LINE6のVerbzillaのペダルを踏むと「バキッ」と音がするようになってきた。これはヤバい。そんなことを思っていると、セカストでVerbzillaと同じシリーズのエフェクター (Constrictorというコンプレッサー) が3000円弱で売っていた。Verbzillaのシリーズは、エフェクターの筐体部分と基板部分を取り外して交換が可能という特殊なシステムを持っている。もしもの時のため、筐体の交換用として買っておいた方がいいだろうと思い購入した。
というわけで購入し、せっかくなのでコンプレッサーとしても使ってみた。色々セッティングをいじくりまわしている途中でペダルを少し強く踏んだところ、Verbzillaと同じような「バキッ」という音が出た。どうやら設計上の仕様で、ペダルのバネが緩すぎるのが原因のようだ。でもいつ壊れるかわからないし、1台は持っていてもいいだろう。というか自前でペダル部分にバネ仕込もうかな。
3/20
EBSのエフェクターについて調べている。EBSは壊れやすいという評判がかなりあるが、その原因がどこにあるのかを調べてみた。噂によると、世代によって仕様が変わりそれが原因であるということを聞いたので、踏み込んで詳しく調べてみた。EBSの世代による仕様の変化をまとめたものが以下である。
- 第1世代 Gray Label:最初期のもの。細長く、ジャックのイン・アウトが逆になっていて使いづらそう。
- 第2世代 Black Label:一番なじみのある見た目。バッファードバイパス。
- 第3世代 Black Label True Bypass:第2世代の見た目に「TRUE BYPASS」という文字が追加されたもの。
- 第4世代 Studio Edition:デザインがカラフルになり、電源が9Vから12Vまで対応になった。
- 第5世代 Blue Label:コントロールノブが2つから3つになり、より柔軟な音作りが可能になった。
Redditによると、スイッチが基板に直接ついているような設計にマイナーチェンジをして以降、故障の報告が増えたらしい。またEBSに直接メールを送った人の情報では、第2世代の途中でスイッチのマイナーチェンジがあり、見た目の同じ2バージョンがあると言っていたとのこと。自分はこれが新タイプのスイッチに切り替わったタイミングだと見た。ということは、第2世代のマイナーチェンジ前のモデルを探せばいいということだ。
手がかりを探しているうちに気になったのが、筐体上部・DCプラグの隣に「QC PASSED」と書かれた品質管理証明用のシールが貼ってあるものがあることだ。メルカリで調べたところ、(上部の写真が確認できたもののみに関してだが)第2世代はシールがついているものとついていないものが混在しており、第3世代には全てにこのシールが貼ってあった。ちなみに、メルカリで「EBS ジャンク」で検索して出てくるものはほとんどが第3世代のものである。ということは、「QC PASSED」のシールと新タイプのスイッチは関連しているのではないかという仮説が立てられる。そこから導き出される結論は、「QC PASSED」のシールが貼られていない第2世代のモデルを買うことが最も安心だということだ。
長々と書いてきたが、これはエフェクターを買うための言い訳である。中古でOctabassを買いました。
4/8
また日記の期間が開いてしまった。記録をつけていないと本当に虚無だ。何も思い出せない。俺は本当に何をしてたんだ?
よく考えたらエフェクターボードの構築をしていた気がする。それでパッチケーブルやかさ上げの問題が出てきて、色々こまごましたものを買ってた気がする。
そういえばCDやライブDVDも買ったな。amazarashiの「理論武装解除」の初回盤が安く売っていたので買ったりもした。母親もamazarashiが好きなのでそれを貸したりする中で「また(友人の名前)とDVD鑑賞会とかしないのかい」というようなことを言われ、「自分も相手もコミュ障だからお互いビビって話しかけられない」と友人にコミュ障の汚名を勝手になすりつけたりもした。
そういえばなぜかホットペッパーグルメのポイントが2000円分ついたため、それで焼き鳥を買って食べたりもしたんだ。何かを買っていると記憶がなくなる傾向があるのかもしれない。
4/9
夏にミニアルバムを出したい。いい曲だけど歌詞ができていないものだったりを完成させて早く世に出したい。欲しいCDや機材がひと通り揃ったので、あとは金を出すだけじゃできないことに重きを置く段階が来ているのかもしれない。
4/13
最近色々あって親が死んだあとの事を考えながら過ごしていたら、今日母親が車に軽く轢かれた。マジで何があるかわからないな。軽くだったからよかったものの少しでも何かが違ってたら…と考えると本当に一寸先は闇なんだなと思う。
4/29
人との付き合い方がわからない。家族と職場でしか人との関わり合いがないし、その関わり合いによって心が濁っていくのを感じる。ポジティブな人との関わり合いがない。そう考えるとたまには誰かと遊びに行くのがいいのかもしれないと考える。何より、やっぱり楽しいだろうなという気持ちはある。
とはいえ、誘ったところで目的がなく何をするべきかという終着点がわからず、結局どんな方向性の提案をすべきかわからなくなってしまう。これは自分がコミュ障であることに加え、誰かと遊びに行く以前に遊び方がわからないというところにある。
ということで、とっかかりとして一人カラオケに行くことにした。以前友人とカラオケを使った際に機械の使い方が全く分からなかったので、まずはそこからだな。
5/2
親戚の家にエケチェンが生まれたらしい。なぜ人はそんな若い時期に子供を作ったり家を建てたりできるんだろう。そんな金ないだろ普通。自分の収入ではまずローンすら組めないだろう。そんないわゆる「普通」の暮らしをしている人たちがこの世にたくさんいることが信じられない。とはいえ普通になりたいという訳でもない。ただ金は欲しい。地盤の傾いた実家を建て直せるくらいの。
5/4
ドレスコーズの“反戦シングル”と銘打たれた新曲「ノイズ時代」が良かったのをきっかけに、アルバム「平凡」を聴き返している。このアルバムはレコーディングメンバーにギター:ハヤシヒロユキ (POLYSICS) 、ベース:吉田一郎不可触世界、ドラムス:ビートさとし (skillkills) という凄まじい面子を揃えており、それがきっかけで聴いていた。目隠しバイザー&ツナギ、黒装束を着た髭面の怪しい男、相対的に一番まともに見える角刈りの男という平凡の「へ」の字も無いような3人。方向性の全く違うメンバーだが、持ち前の演奏力の高さで志磨さんの周りをしっかり固めてタイトなファンクを響かせている。
そんな中でアルバム発売当時のインタビューを見つけ、その内容に考え込んでしまった。
自己表現をして生きるというか、エンタメの世界で成功することで自分の存在が救われるというような考えは多くの人が持っていると思う。自分にもそうした気持ちはある。しかしインタビューを見ていると、忘れられないために自己表現をし続けることにどれだけの意味があるのか、それは本当に認められたといえるのだろうか、表現が飽和状態の中で「何かを作って見てもらう」ということにどう向き合っていけばいいのかということを考えずにはいられない。
自分は、表現を仕事にすることでがんじがらめになってしまっている人を知っている。自分の好きなミュージシャンも、スタジオに行くまでに公衆トイレに何回も寄らないとスタジオに行けなくなったり、精神的にやられたことで音楽そのものが嫌いになってしまった事例を知っている。無理をして不可逆的な身体のハンデを負った人もいる。
しかし、自分はこのまま生きていても幸せにはなれないとわかっている。ここから抜け出すためには、(本当に軽薄な発想だとわかっていても) 一発逆転を狙うほかないという気持ちになってしまうのもわかってしまう。とはいえ今の自分はちゃんと生きていけている状態で、それだけでもう幸せじゃないか!とまともな人は考えるだろう。この前ネットで「普通の会社に就職して普通に暮らすのが憧れ」という人も見た。とはいえやはり生活は息苦しい。「成功したい」という思いは「ここじゃないどこかへ行きたい」という気持ちと大差ないのかもしれない。
5/6
アーティストが戦争反対と口に出すことについての議論が紛糾している。「知識もないのに口を出すな」と言われるのはいつも反戦派である。それを内面化してしまって「政治をしない立場の人間が反戦を主張するのは傲慢である」と考える人が多いと思う。反対に、戦争推進の立場の人は感情論で話しても受け入れられる傾向があるし、論点ずらしやトーンポリシングを使った「論破」的な価値観を重視しているように見える。
というかこんな状況になっているそもそもの元を辿れば、憲法9条を改正し、憲法から基本的人権を削除し、戦争の加害国であるアメリカに媚びる方針の自民党を、市民が先の選挙で勝利させたことに端を発している。それどころか「戦争は必要悪である」という考え方すら出てきているのではないか。視点によっては市民がこの国を追い込んだツケが回ってきたとも捉えることができる。反戦を語るには、アーティストだけでなく市民の政治に関する向き合い方についても議論しなければいけないと思う。