げねのチラ裏

げねのブログです。だいたい音楽について語っていますが、たまに他の事にも触れます。気が向いた時に更新していこうと思います。

げねの日記 2026年 2月-GW編

2/9

 そろそろ最高気温がプラスになる時期がやってくる。この時を待ちわびた。やっと思う存分ギターが弾ける。

 そしてまた変なバンドを見つけた。Angine de PoitrineというバンドをKEXPが発掘し、注目が集まっているらしい。自分はやっぱりBattles、ドミコ、Aiming For Enrike、Adebisi Shank、Giraffes? Giraffes!みたいなルーパーを活用したバンドに惹かれることが多いな。

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2/13

 上の立場の人間が不機嫌にならないように下の人間が機嫌を取る(あらかじめ 先回りして色々やっておく)みたいなことが心底嫌い。デカい赤ちゃんかよと思う。しかもその赤ちゃんは権力を持っていて、自分の一存で下の人間をどうとでもできるから始末が悪い。今の社会システムがキモすぎて、もう全てを投げ出したくなることの多いこと多いこと。そういうシステムから距離を置くことは難しいが、どうすればそのシステムに与することなく生きていけるかということを考えている。

 

2/15

 アナログホラーが好きではあるんだけど、最近はビックリ系や顔を歪めて怖くしたやつ(Mandela Catalogue辺りから増えた気がする)、日本だと代天府リスペクト系が多すぎてなかなかビビっと来るものとのめぐり逢いがない。アナログホラーとは少し違うかもしれないが、モキュメンタリー系が強いAdult Swimやファウンドフッテージ系の映画やドラマの方に気持ちが行ってるかも。

 というかある種「クニコ」とかもアナログホラーだよなぁ。「リング」もドラマパート中心のアナログホラーといえるかもしれないし。やっぱり源流にファウンドフッテージものがあるのか。そもそもアナログ時代に作られたホラーはある意味産地直送と言ってもいいのでやっぱり強い。


2/19

 吹雪が荒れ狂っている。外に出れば足は膝丈くらいまで雪に埋まり、顔にはものすごい勢いで雪が叩きつけられて痛い。雪国の民でもこれは辛い。

 

2/24

 暖かくなってきた。まあこれから寒さは戻るらしい。長い目で見るしかないな。そんな中、BOSSのBCB-30Xというミニエフェクターボードを買った。ベース用に買ったエフェクターやメインのボードから溢れたものを収め、ベース用兼サブギター用ボードを作るという目的だ。

 ウキウキしながらケーブルを繋ぎ置いてみたところ、パッチケーブルのスペースを全く考えていなかったことに気がついた。仮置きの時点ではいいのだが、ケーブルをつなぐとエフェクター間の幅が増えてボードの縁に干渉してしまう。この問題を解決するために、安いソルダーレスケーブルを買うことにした。新しいものを買うとさらに新しいものが必要になるという負のスパイラル。

 

3/1

 3月に入ってしまった。ここ1ヶ月、自分は一体何をやって生活していたのか覚えていない。とにかく物欲に身を任せていたことだけは覚えている。自分にしては珍しく本を買ったり機材周りのアクセサリ類を揃えて生活環境面での向上を図ったりしたのだが、それ以外はAngine de Poitrineを狂ったように聴いていたことしか記憶にない。

 

3/2

 人生の活力を保つためのものが必要だ。普通の日常生活を送るだけでも人生が”底”の方にどんどん寄っちゃうので、何らかの形でそれを引き戻す必要がある。自分の曲が好きだと思えて、曲を書くことが生きがいになれば一番いいのだが、まだそのレベルには到達できていない。音楽はめちゃくちゃ聴いている (そのせいで作る方がおろそかになっている) のだが、生きるための理由を持つためには自分から何かを生み出す必要がある。

 

3/12

 LINE6のVerbzillaのペダルを踏むと「バキッ」と音がするようになってきた。これはヤバい。そんなことを思っていると、セカストでVerbzillaと同じシリーズのエフェクター (Constrictorというコンプレッサー) が3000円弱で売っていた。Verbzillaのシリーズは、エフェクターの筐体部分と基板部分を取り外して交換が可能という特殊なシステムを持っている。もしもの時のため、筐体の交換用として買っておいた方がいいだろうと思い購入した。

 というわけで購入し、せっかくなのでコンプレッサーとしても使ってみた。色々セッティングをいじくりまわしている途中でペダルを少し強く踏んだところ、Verbzillaと同じような「バキッ」という音が出た。どうやら設計上の仕様で、ペダルのバネが緩すぎるのが原因のようだ。でもいつ壊れるかわからないし、1台は持っていてもいいだろう。というか自前でペダル部分にバネ仕込もうかな。


3/20

 EBSのエフェクターについて調べている。EBSは壊れやすいという評判がかなりあるが、その原因がどこにあるのかを調べてみた。噂によると、世代によって仕様が変わりそれが原因であるということを聞いたので、踏み込んで詳しく調べてみた。EBSの世代による仕様の変化をまとめたものが以下である。

  • 第1世代 Gray Label:最初期のもの。細長く、ジャックのイン・アウトが逆になっていて使いづらそう。
  • 第2世代 Black Label:一番なじみのある見た目。バッファードバイパス。
  • 第3世代 Black Label True Bypass:第2世代の見た目に「TRUE BYPASS」という文字が追加されたもの。
  • 第4世代 Studio Edition:デザインがカラフルになり、電源が9Vから12Vまで対応になった。
  • 第5世代 Blue Label:コントロールノブが2つから3つになり、より柔軟な音作りが可能になった。

 Redditによると、スイッチが基板に直接ついているような設計にマイナーチェンジをして以降、故障の報告が増えたらしい。またEBSに直接メールを送った人の情報では、第2世代の途中でスイッチのマイナーチェンジがあり、見た目の同じ2バージョンがあると言っていたとのこと。自分はこれが新タイプのスイッチに切り替わったタイミングだと見た。ということは、第2世代のマイナーチェンジ前のモデルを探せばいいということだ。

 手がかりを探しているうちに気になったのが、筐体上部・DCプラグの隣に「QC PASSED」と書かれた品質管理証明用のシールが貼ってあるものがあることだ。メルカリで調べたところ、(上部の写真が確認できたもののみに関してだが)第2世代はシールがついているものとついていないものが混在しており、第3世代には全てにこのシールが貼ってあった。ちなみに、メルカリで「EBS ジャンク」で検索して出てくるものはほとんどが第3世代のものである。ということは、「QC PASSED」のシールと新タイプのスイッチは関連しているのではないかという仮説が立てられる。そこから導き出される結論は、「QC PASSED」のシールが貼られていない第2世代のモデルを買うことが最も安心だということだ。

 長々と書いてきたが、これはエフェクターを買うための言い訳である。中古でOctabassを買いました。

 

4/8

 また日記の期間が開いてしまった。記録をつけていないと本当に虚無だ。何も思い出せない。俺は本当に何をしてたんだ?

 よく考えたらエフェクターボードの構築をしていた気がする。それでパッチケーブルやかさ上げの問題が出てきて、色々こまごましたものを買ってた気がする。

 そういえばCDやライブDVDも買ったな。amazarashiの「理論武装解除」の初回盤が安く売っていたので買ったりもした。母親もamazarashiが好きなのでそれを貸したりする中で「また(友人の名前)とDVD鑑賞会とかしないのかい」というようなことを言われ、「自分も相手もコミュ障だからお互いビビって話しかけられない」と友人にコミュ障の汚名を勝手になすりつけたりもした。

 そういえばなぜかホットペッパーグルメのポイントが2000円分ついたため、それで焼き鳥を買って食べたりもしたんだ。何かを買っていると記憶がなくなる傾向があるのかもしれない。

 

4/9

 夏にミニアルバムを出したい。いい曲だけど歌詞ができていないものだったりを完成させて早く世に出したい。欲しいCDや機材がひと通り揃ったので、あとは金を出すだけじゃできないことに重きを置く段階が来ているのかもしれない。

 

4/13

 最近色々あって親が死んだあとの事を考えながら過ごしていたら、今日母親が車に軽く轢かれた。マジで何があるかわからないな。軽くだったからよかったものの少しでも何かが違ってたら…と考えると本当に一寸先は闇なんだなと思う。

 

4/29

 人との付き合い方がわからない。家族と職場でしか人との関わり合いがないし、その関わり合いによって心が濁っていくのを感じる。ポジティブな人との関わり合いがない。そう考えるとたまには誰かと遊びに行くのがいいのかもしれないと考える。何より、やっぱり楽しいだろうなという気持ちはある。

 とはいえ、誘ったところで目的がなく何をするべきかという終着点がわからず、結局どんな方向性の提案をすべきかわからなくなってしまう。これは自分がコミュ障であることに加え、誰かと遊びに行く以前に遊び方がわからないというところにある。

 ということで、とっかかりとして一人カラオケに行くことにした。以前友人とカラオケを使った際に機械の使い方が全く分からなかったので、まずはそこからだな。

 

5/2

 親戚の家にエケチェンが生まれたらしい。なぜ人はそんな若い時期に子供を作ったり家を建てたりできるんだろう。そんな金ないだろ普通。自分の収入ではまずローンすら組めないだろう。そんないわゆる「普通」の暮らしをしている人たちがこの世にたくさんいることが信じられない。とはいえ普通になりたいという訳でもない。ただ金は欲しい。地盤の傾いた実家を建て直せるくらいの。

 

5/4

youtu.be

 ドレスコーズの“反戦シングル”と銘打たれた新曲「ノイズ時代」が良かったのをきっかけに、アルバム「平凡」を聴き返している。このアルバムはレコーディングメンバーにギター:ハヤシヒロユキ (POLYSICS) 、ベース:吉田一郎不可触世界、ドラムス:ビートさとし (skillkills) という凄まじい面子を揃えており、それがきっかけで聴いていた。目隠しバイザー&ツナギ、黒装束を着た髭面の怪しい男、相対的に一番まともに見える角刈りの男という平凡の「へ」の字も無いような3人。方向性の全く違うメンバーだが、持ち前の演奏力の高さで志磨さんの周りをしっかり固めてタイトなファンクを響かせている。

 そんな中でアルバム発売当時のインタビューを見つけ、その内容に考え込んでしまった。

www.cinra.net

 自己表現をして生きるというか、エンタメの世界で成功することで自分の存在が救われるというような考えは多くの人が持っていると思う。自分にもそうした気持ちはある。しかしインタビューを見ていると、忘れられないために自己表現をし続けることにどれだけの意味があるのか、それは本当に認められたといえるのだろうか、表現が飽和状態の中で「何かを作って見てもらう」ということにどう向き合っていけばいいのかということを考えずにはいられない。

 自分は、表現を仕事にすることでがんじがらめになってしまっている人を知っている。自分の好きなミュージシャンも、スタジオに行くまでに公衆トイレに何回も寄らないとスタジオに行けなくなったり、精神的にやられたことで音楽そのものが嫌いになってしまった事例を知っている。無理をして不可逆的な身体のハンデを負った人もいる。

 しかし、自分はこのまま生きていても幸せにはなれないとわかっている。ここから抜け出すためには、(本当に軽薄な発想だとわかっていても) 一発逆転を狙うほかないという気持ちになってしまうのもわかってしまう。とはいえ今の自分はちゃんと生きていけている状態で、それだけでもう幸せじゃないか!とまともな人は考えるだろう。この前ネットで「普通の会社に就職して普通に暮らすのが憧れ」という人も見た。とはいえやはり生活は息苦しい。「成功したい」という思いは「ここじゃないどこかへ行きたい」という気持ちと大差ないのかもしれない。

 

5/6

 アーティストが戦争反対と口に出すことについての議論が紛糾している。「知識もないのに口を出すな」と言われるのはいつも反戦派である。それを内面化してしまって「政治をしない立場の人間が反戦を主張するのは傲慢である」と考える人が多いと思う。反対に、戦争推進の立場の人は感情論で話しても受け入れられる傾向があるし、論点ずらしやトーンポリシングを使った「論破」的な価値観を重視しているように見える。

 というかこんな状況になっているそもそもの元を辿れば、憲法9条を改正し、憲法から基本的人権を削除し、戦争の加害国であるアメリカに媚びる方針の自民党を、市民が先の選挙で勝利させたことに端を発している。それどころか「戦争は必要悪である」という考え方すら出てきているのではないか。視点によっては市民がこの国を追い込んだツケが回ってきたとも捉えることができる。反戦を語るには、アーティストだけでなく市民の政治に関する向き合い方についても議論しなければいけないと思う。

 

【レビュー・ネタバレ注意】「テレビの中に入りたい」に殴られた


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 「テレビの中に入りたい (I Saw The TV Glow)」を観て、相当食らってしまった。ということで今この文章を勢いのまま書き殴っている。この映画はティーン向けテレビドラマ「ピンク・オペーク」にハマった主人公の生きづらさや葛藤を描いている。「難解、わからない」というレビューも多いが、自分としては考察の必要もないほどスルスルと入ってきた。レビューを見ると主人公がムカつくとか、中二病だとか、甘ったれだとか書いているのもあるがそんなのは知らん。ほっとけ。そうやって言ってる奴は大体オーウェンの父親的な人間だし、オーウェンの同僚のようにセックスの話ばっかりしているに違いない。そしてレトロカルチャーやピンク・紫系のカラーリングを多用したいわゆる”Aesthetic”なビジュアルに惑わされてはいけない。本作はそういった世界観に憧れる「こちら側」に焦点を当てた映画である。自分はサイケデリックなネオンカラーやピンクよりも灰色の街並み、実生活のどんよりとしたきつさの方が印象に残っている。

 

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 映画にはドリームコアやリミナルスペースなどの美学が積極的に取り入れられているが、こっちは全然それどころではない。ドライブスルーでの相手と被ってしまう会話、逆らえない父親、無神経でイライラする会社の同僚、そういった積もっていく噛み合わなさにオーウェンはどんどん心をすり減らしてゆく。見ているだけで居心地が悪いし、なんだかかなり既視感がある。自分もずっと人が怖いし、外にいるときはずっとドキドキして怯えているし、性格の悪いやつが言いがかりにも近い愚痴をずっと言っていてイライラするし、あまりにもネガティブな方向に心が持っていかれることが多すぎて、ただ生活していくだけでどんどん摩耗していく。主人公のオーウェンと立場や環境は違うが、それに共感できる人は少なくないのではないだろうか。そうした中でドリームコア的な美学や「ピンク・オペーク」的な子供時代への懐古趣味は、心の逃げ場として機能する。俺やん。

 

 映画のテーマを言語化すると「すべてを失うかもしれない賭けに全てをベットするか、安全な道を選んで最低限の生活を送るか」だと思う。そうしたテーマが「胡蝶の夢」的な世界観と合わさってどんどん混沌としていく。主人公のオーウェンはめちゃくちゃ受け身で一歩を踏み出せない。でもこの世界のほとんどの人がそうじゃないか?その上ここから飛び出しても幸せになれるとは限らない。不自由から逃げるため街を転々としたマディがたどり着いた結論が「TVの世界に行くために生き埋めになる」であり、結局「死は救済」論に片足突っ込んでいる気がする。高校のマリファナ喫煙所の話も出てたし、マディも信用できるかどうかわからない。どこまでが本当でどこまでがオーウェンの妄想なのかは定かではないが、この映画の軸はいたってシンプルであり、「オーウェンが一歩を踏み出さない道を選ぶ」という部分である。

 

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 映画の中で1番の見せ場、クライマックスの誕生日会の部分から自分は完全に映画と同化して、自分の中の何かが思いっきり爆発するかのようだった。あのシーンでは自分の中の感覚が完全に映像化された。あのとき自分は確実に「映画の中に入って」いた。いや、自分の職場をあの映画が再現していた。そんなことあるわけがないが、そう思えるほどだったのだ。自分が今まで何度も考えてきた「ここにいたら死ぬ」というセリフ。とはいえどこにいたって結局は死ぬんだけど、そういうことではない。社会と接している間に人は少しづつ良心、倫理観、優しさを擦り減らせながら楽しみを感じる部分が死んでいくのだ。今までも「自分もいつか気が狂う時が来るんだろうか」という思いがぼんやりとあったが、これを見たことによって「自分が職場でいきなり絶叫し始める」というはっきりとしたビジョンが見えてしまった。

 

 そしてジャスティス・スミスの演技の説得力よ。前述したクライマックスのシーンとかはジャスティスの演技力があってこそのものだと強く思う。あそこのシーンでは、ジャスティスが自分も含めた世界の何億もの人々の魂を憑依させたに違いない。絶叫、えずき、過呼吸はこっちまで苦しくなってくるし、唇にこびりついた白い皮はまんま鏡の中の自分である。

 

※ただ、人によっては「正社員になったことがないのがコンプレックス」「家にいると余計なことを考えてネガティブになってしまうから仕事をしたい」みたいな人もいるだろう。そういった違いが賛否両論を生んでいるのではないか。結局のところは価値観の違いであり、人間嫌いの人や周りに恵まれなかった人、普段人間と接するのが辛い人には刺さるんだと思う。TV番組はオーウェンの絶望を引き出すトリガーの1つでしかないのかもしれない。

 

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 鑑賞後に知ったが、監督のジェーン・シェーンブルンはトランスジェンダーらしく、それを踏まえて様々な考察がなされている。海外ではトランスジェンダーのコミュニティの中でムーヴメントを起こしたらしい。

自分を抑え込むのをやめて「もうわかった。私はトランスジェンダーだ。そのことからは逃れられない」と認める瞬間は、とても恐ろしいものです。なぜなら、トランスジェンダーであることが、自分の人生にとって深くて過酷な変化をもたらすと、直感的にわかっていたから。

それに気付いてしまえば、これまでの人生のあらゆること——例えば子ども時代や昔からの人間関係、生まれ育った故郷(典型的なアメリカ郊外でした)——それらを再構築せざるを得ません。

 

A24制作『テレビの中に入りたい』監督インタビュー。32歳で向き合ったトランスネスと葛藤を脚本に | CINRA

 

 周囲に話す・話さないに関わらず性別違和を抱えながら生きる (しかもアメリカの田舎ともいえる郊外で) ハードルの高さを考えると、自分がめちゃくちゃ共感していたのがおこがましく思えてくる。しかし監督はインタビューで、

妥協なく誠実につくられた個人的なトランスジェンダーの物語が、トランスジェンダーのみならず、あらゆる人々が生きている社会や世界における根深い問題に焦点を当てること、そして、それについて人々が語ることが重要だと思います。

 

A24制作『テレビの中に入りたい』監督インタビュー。32歳で向き合ったトランスネスと葛藤を脚本に | CINRA

 と言っていたので、胸を張って「この映画に共感した」と言っていこうと思う。

 

 


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 音楽に関しては、劇伴がOneohtrix Point Neverの「Babylon」でボーカルを務めたAlex Gだったり、The Smashing Pumpkinsの「Tonight, Tonight」のカバーが出てきたりと自分の関心を弾く要素が散りばめられていたが、本当にそれどころではなかった。映画に殺されるかと思った。「君はこういう疎外感を抱えているんだね」という慰めと同時に「でも君の現実はこうだよ」と崖から突き落とされる感覚。

 人間は40代で狂うとネットでは言われている。自分はこれから恐らくオーウェンのような人生を歩むだろう。それに将来の自分は耐えられるのだろうか?それとも自分は「ここ」から出ていくべきなのだろうか?

 

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げねの日記 2025-2026年 年またぎ編

12/5

 近くのロッテリアが「ゼッテリア」なるものに変わっていた。「絶品バーガーとコーヒー」という売り文句から「絶品バーガーばっかり売れたんだろうな」と思った。おそらく他のバーガーが売れなくてコストが嵩むからメニューを絞ることにしたんだろう。と思ったら普通のラインナップもけっこうあった。

 

12/8

 朝、家のすぐ近くの交差点で事故があった。路面はツルツルを極めたブラックアイスバーン。ちょうどその交差点を通り過ぎたあたりで、後ろから車のクラクションの音がした。振り返ると、1台の車がツルツルと滑って交差点に突っ込んでいき、ガションガションと音を立てながら3台の車がぶつかった。そこまでの速度ではなかったのでまだ良かったが、あわや大惨事になっていたかもしれない。自分も気をつけながら歩こうと思った。

 

12/9

 青森を震源とした地震があり、こっちの方もけっこう揺れた。北海道でも棚が倒れ部屋がぐちゃぐちゃになってるところもあるようで、思った以上に大変なことになっているのかもしれない。水道・ガスが止まっているところもあるらしい。

 この後さらにデカい地震が来なければいいなと怯えていた矢先、祖母が詐欺られていたことが判明。詳細は伏せるがキャッシュカードごと持っていかれたらしい。オワーーーーー!!!!! 年の瀬で色々と物入りな時に余計なことをやってくれたな詐欺師。この前安く手に入れた「CONNECT THE LINE to Bad Ass Temple」が届いてたのが唯一の救い。とりあえずMOROHAパートからの開眼は見た。

 

12/10

 やってらんねーとなったのでミスドでドーナツを買ってきて食べた。お目当てのポン・デ・黒糖もハニーチュロスも在庫どころかラインナップ自体がなく、候補の中で唯一あったハニーディップを選んだ。少しがっかりしながら帰ったが、公式サイトに載ってるハニーディップをレンジで温めるやつをやってみたらバカクソ美味くて、そんなことは遠く彼方へ吹っ飛んでいった。ただ加熱しすぎた気がするので、いつか再チャレンジしたい。

 

12/13

 寒い。夜はどんどん気温が下がっていって起きているのが辛いので、もはや早く寝たいという気持ちにさえなってくる。朝は気兼ねなくストーブを付けられるが、夜遅くになると「この後すぐ寝てしまうのにつけるのもなぁ」となり付けられない。そして3度の中カーボンヒーターと電気毛布を付けたり消したりして耐える。

 

12/15

 これ以上機材を増やしても意味ないしそもそも置く場所がないのにもかかわらず、G&LのASAT Specialが気になっている。音がいい。でももうジャズマスターレスポールスペシャル・パシフィカ (ストラト) を持ってるからいらないだろ。しかしやっぱりテレキャスを一度は体験してみたくなるのがギタリストの性。

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12/17

 寒すぎて最近楽器を弾く気力がない。普段の防寒着の上に着る毛布をかぶって手袋をし、机周りに電気敷布とグラファイトヒーターをセットしあったかスペースを作ることで凌いでいる。そのスペースから一歩でも出ようものならその瞬間に凍えてしまう。そりゃそうだ、部屋が5度だし。それに演奏のためには手袋も外さなきゃならない。

 

12/20

 うちの近所でヤバそうな車をよく見かける。後ろに日本国旗のステッカー、そして菊の紋の横に「WARNING」と黒地に金で書いてあるステッカーを貼った初心者マークの車だ。この前近所をたまたま通ったとき、ある家の前にその例の車が駐車していた。そこは家の前の道路に雪を出し、通る車に踏ませて雪を処理させようとしていることで有名な家だった。雪を出し続けて大きな雪山になり、車が出せなくなればいいのにと思った。

 

12/22

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 古山菜の花さんという人が知久寿焼さんとコラボしていた。バズっているらしい。たま直系のミュージシャンはなかなかいない (昔のフレデリックが「峠の幽霊」で「ついにジャンル:たまのバンドが現れた」と言われていたくらい) ので、話題になっているのだろう。

 そうした文脈で語られてはいるが、歌詞にちゃんとこの人らしさを感じた。最近は怪異の元をたどれば結局人間の仕業みたいな人怖系のホラーが流行っている。今まで妖怪としてごまかされてきた人間の所業が暴かれてしまい、怪異の存在=人間の悪意に巻き込まれる恐怖がより身近になった昨今。曲そのものは昭和感があるかもしれないが、歌詞はかなり時代を反映しているなと思った。人間の所業を妖怪の類として片付けていた時代と現代を接続した、まさに令和世代のもののけの歌だなと思う。「ラブホテルで働くということ。」などからもわかるように、人からの影響だけではなくちゃんと自分の目線から作っているのが評価される一因なのではないか。

 

12/23

 滑舌の影響で「し」が「す」に、「じ」が「ず」に近い発音になってしまうのを説明するのが本当に鬱陶しい。こういうことが繰り返されるたび「またかよ!!」と叫びだしたくなる。幼少期からずっとこんなことを繰り返しており、そのたびに文字で書き起こして伝える必要がある。特に手元に紙とペンがない場合相当ややこしいことになる。前後の文脈でわからないものなのか。

 こんな少しのことが自分のコミュニケーションにおいて大きな障壁となり、人生のところどころに影響を及ぼしてきた。小学校から9年間ほど発音専門の教室のようなところに通ってこれなのだから、自分にできることといえばもう神を呪うことくらいしか残っていない。しかし昔は「りんご」が「んんご」、「飛行機」が「ごごーご」になってしまっていたらしいので、だいぶマシになったとは思うんだけど。

 

12/24

 クリスマスや年末年始は、気兼ねなく美味いものを食べる言い訳ができる時期だと思っている。というわけでクリスマスケーキを自作することにした。とはいえ大したものではなく、ふわふわ卵のシフォンケーキにミカン缶を挟み、市販のクリームを塗りたくるだけだ。これで650円。なかなか上手くできた気がする。来年はセコマの1000円のケーキを買ってみようか。

 

12/25

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 テレビ大陸音頭がシングルを出した。レコーディングスタジオに入ってる様子もあるので、そろそろアルバム出してくれるだろうか。ライブでやってるけど録音されてない曲に好きな曲がかなりある。ライブでやってる未発表曲はかなりあるようなので、ライブで育ててから録音ということになるのだろうか。「君はほんとにピュアだねえ」「仲いい友人が川に流されていた」「男の潮吹きは見ていられない」(いずれもタイトル不明) の音源が欲しい。

 

12/27

 TXQ FICTIONの新作「UFO山」を見た。舞台はまさかの北海道で、しかもクレジットにオフィスキュー。自分の地元である。そういや「飯沼一家に謝罪します」でも北海道に来てたな。こっち来んな(褒め言葉)と思っていたら近藤亮太さんが北海道出身なのか。

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1/1

 9mm Parabellum Bulletのドラムのかみじょうさんが脱退するという報せが届く。最近バンドのドラマーが脱退しすぎな気がする。ドミコの長谷川さんも去年脱退したし、直近では羊文学のフクダさんも脱退してからのこれ。バンドに脱退はつきものとはいえドラムだけピンポイントすぎだろ。

 

1/4

 怠惰と虚無によって、自分の表現を何も作り出さないまま年末年始を終えようとしている。最近気づいたことは、何かを作る側にいるより作られたものを受け取る側にいる方が楽しいということ。しかし日常の中で「クソが、この野郎」というような時には創作が自分の心の支えになったりもする。そもそもベクトルが違うんだ、と結論付けるのが一番しっくりくると思う。創作は、自分から乖離して擦り減った精神を自分の側に戻すための作業だと思う。まあ作るにしろ受け取るにしろ、結局根本にあるのは音楽だということ。

 

1/6

 ネットの情報で色々な十字架というバンドを知った。調べてみるとジジイとババアへの怨嗟を原動力にしているあのティンカーベル初野さんのバンドだと知る。カインズホームの曲(LOST CHILD)がかなり人気だが、他の曲の歌詞にもかなり衝撃を受けた。「ジジイの軽トライーブイ描いて ババアの原付勝手に売って つきたてお餅を醤油で食って お外になってるびわとか食って」「知らねえ地区の祭り 子どもおみこしに平気で参加して 誰よりもワッショイ!言うよ」のようなワードセンスにはひっくり返る。

 他にも知らねえババアの腕にデジモンのタトゥーを入れる、子どもみこしのガキの法被をシーチキンに入れる(身体にいいね)、両津、麗子をはじめ中川などの石像を立てるなど大暴れ。あと実質かき揚げは弁当らしい。「LOST CHILD」を兄弟に紹介したところ、ホグワーツレガシーをやっていたということもありそこそこウケ、周囲で最近の流行になっている。

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1/8

 今年はあまり雪が降っていなかったが、帳尻合わせのようにドカ雪が降った。各地から悲鳴が上がる。身体的には雪かきをしなきゃいけないし雪を漕いで歩いていかなきゃいけないし大変なのだが、視覚的な角度から見るととても良い。普段は直線的な建物の輪郭が胡乱になり溶け合っているみたいなのがなんかいい。近くの緑地とかになると、木の上に積もっている雪の形も有機的で自然を感じる。街中だとあまり面白みがないが、少し田舎の方の住宅街だと道も狭く自然もあるので、自然現象に支配された街みたいになる。建物と自然という本来つながらないはずのものが溶け合っているようなのがいいのかもしれない。


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▲脳内BGMはこれ

 

 

1/13

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 元black midiMatt Kelvinが「メンタルヘルスとの闘いの末に亡くなった」とのニュースが入った。Schlagenheim以降もマットがblack midiにいたらどんな音が出てきたんだろうと思うことも多かったが、black midiは彼の脱退前も脱退後もロック界に大きな爪痕を残した存在だったと思う。

 

1/14

 自分のスマホにはイヤホンジャックがないため、Type-C端子に変換ケーブルを繋いで使っていた。しかし時を経て少しづつ接続が悪くなっていき、ついにはケーブルを認識しなくなった。それだけにとどまらず、充電器の接続も認識しなかったりすることが出てきた。1秒おきに充電の接続がついたり切れたりしてバイブレーションが止まらないこともある。これは早いとこ買い替えなければ危ない。充電できなくなってからでは遅い。運よく金も十分ある。正月だからといって浮かれずに色々買わなかったのが功を奏した。

 

1/24

 サカナクションのSAKANATRIBE 2014のDVDを買った。実は少し前に中古でBlu-rayの初回盤を買ったんだけど、なぜか全く再生できず返品ということがあった。初回限定のブックレットの歌詞デザインがとても良いので手元に置いておきたかったのだが、肝心の映像が見れないとなるとどうしようもない。

 調べてみると、いきなり再生できなくなったという声がSAKANATRIBEの初回盤を買った人からちらほらあったのと、Blu-rayが出始めのころは盤そのものがすぐダメになってしまうことも多かったらしい。とすると中古でSAKANATRIBEの初回盤を買うこと自体にリスクがある可能性がある。ということでブックレットは諦めて通常盤を買うことにした。コロナ禍の時の配信で見たときに三日月サンセットの後のライブセッションがめちゃくちゃ良くて、ずっと欲しいと思っていたので買えてよかった。

kamikene.org▲ありがたいことに、デザイナーKamikeneさんのサイトからブックレットの中身が見れる。


1/27

 早く春になってくれないか。冬はあまりにも辛すぎる。朝起きたら部屋は3度(最悪0度)だし、風邪も流行るし、家族は胃腸炎になるしで良いことがない。雪の影響で外出も億劫になる。こうした状況だからか、カラオケ欲が高まってきている。しかし家から徒歩35分くらいのところにあり、しかも排雪のされない川沿いを通る必要があるので、冬だと「わざわざ雪を漕いでそこまで…」という気持ちになってしまう。

 

1/31

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 なぜか関連動画に嘘つきバービーの「ディス子の彼」が出てきた。久しぶりに見たけどやっぱりかっこいいし、歌いだしはどう聞いても「ユッセッカッカッコンッカンッコンッ」だった。ニガミ17才のライブで「ディス子とニガミ」としてやってるらしい。今からでも音源化してくれないだろうか。

 

げねの日記 2025年 10-11月編

10/1

 ゲオの宅配レンタルでCDを借りた。今回はDVDも観たいと思い、気になっていた中でもサブスクに無かった「泳ぐひと」と「セプテンバー11」を借りた。「セプテンバー11」はアメリ同時多発テロをテーマにしたオムニバス映画で、短編が複数本入っている。最近オムニバス映画に興味がある。オムニバスの中では「それぞれのシネマ」「キング・オブ・フィルム 巨匠たちの60秒」も気になるが、調べてもレンタル・配信ともに全くない。

 

10/2

 親知らずの傷口の抜糸をした。自分の番号が呼ばれたのとちょうど同じタイミングでTVから「おったまげったん おったまげったん」と奇妙な歌が流れてきた。そのせいでそっちに気を取られ、あやうく呼ばれたのを聞きそびれるところだった。
 歯磨きの時にビビって傷口付近に歯ブラシを当てていなかったため、「抜いた部分ちゃんと磨いてくださいね」と言われて診察室を後にする。その後は普通に仕事して普通に帰った。

 

10/5

  Filmarksのアカウントを作った。この前読書メーターのアカウントも作ったので、映画の記録も残そうと思いFilmarksにした。まずは宅配レンタルで見たやつを書こうと思ったが、レビューを書くだけでけっこう思考力を消費する。書いた文章を見てみると相当な文量があった。もっと簡潔にしてもいいんだろうと思う。

 

10/15

 前回の日記から10日空いた。曲作り以外に何をしてたか思い返してみたら、そういえばエフェクターボードを組み直してたなと思う。エフェクターボードを広げるとアレンジ作業がかなり進むと思う。自分の手の内を視覚的に知ることで、より自分の思考と向き合える気がする。

 

10/16

 テンションが下がる出来事 (自分ではなく他人が追い込まれてるのを間近で見た) があったので何かテンションが上がるものを買いたい。耳中華のアルバムでも買おうか。完全に個人でやってるだろうし、マジでいつなくなるかわからないからな。

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10/17

 昨日の出来事や最近の仕事に関する活動のせいか、悪夢を3本続けて見た。悪夢を見ては起き、見ては起きを3回繰り返したところで「これは寝たところでまた悪夢を見るパターンだ」と悟り普段より1時間ほど早く起きた。

 

10/24

 バンドやろうぜ!のCOMPLETE DUEL GIGS BOXが700円、Christmas Duel Carnivalが500円、鈍器ことメモリアルブックが1000円で売っていたので、送料無料にするために何を一緒に買おうかと悩んでいる間にDVD2つが売り切れた。自分はこういう事があるたび、1000円で売っていたwowakaさんの「world 0123456789」を「手持ちが300円しかない」という理由で諦めたのを思い出す呪いにかかっている。どれだけ悔やんでもなくなってしまったものは仕方がないので、別の店で探している。

 

10/27

 土日にOasisの来日公演があった。話題になったオープニングアクトだが、「誰が出ても叩かれるなら俺たちが出て叩かれた方がいい」と言ったアジカンと「ボロクソ言われるでしょうが直々に呼ばれたから喜んで出る」と言ったおとぼけビ~バ~の2組だったのは大正解だったと思う。アジカンOasisへの思いなら日本でトップクラスに強いだろうから会場全体と思いを共有できるだろうし、おとぼけビ~バ~は悪意を丸出しにしてくるオアシスファンのジジイたちに対して全力で中指を立てて圧倒できる。それぞれオープニングアクトとして全く違うベクトルで最適解を出してて良かった。それにしてもおとぼけビ~バ~、東京ドームでイヤモニなしはパンクすぎる。

 

11/1

これを発狂と言います

げね (@ghene.bsky.social) 2025-11-20T13:32:43.539Z

bsky.app

 この前買った中古のDVD類が届いた。ひとまずはヒプノシスマイクの「Welcome to our Hood」のライブを見た。1番テンションが上がったのはラストのDivision Rap Battle。ゲストも呼んだ状態で曲が始まり「もしや…」と思っていると、MTCの後に「1 2 3 口ロロdivision レペゼン口ロロ」と口ロロのターンに突入。DRBを聴いているときに、ヒプマイ外とコラボしてコラボ相手が「レペゼン〇〇」なんて感じで歌い始めたらテンション上がるなあとか思っていたらすでにやってた。そしてその後のGADOROさんのターンでカンペのモニターに映ってた「フリースタイル 16小節」にビビる。普通3人分の尺を1人でしかもフリースタイルで繋ぐというヤバさ。「このマイクも俺がにぎりゃ銃刀法違反」とヒプマイの世界と繋げつつ、「メルカリで売んなよ俺のCD」で〆る。あれは盛り上がるわ。

 

11/2

 欲しいと思ってたレコード針が6000円から8000円に値上げしてた。欲しいものはすぐ買った方がいいと言うけれど、そんなことをやっていたらすぐ貯金が底を尽きてしまう。逆に「これは確実に持っておきたい」というものを買った後により安いのが別の店で出たりする。そして今は中古のブルーレイドライブが欲しい。

 

11/11

 切羽詰まった状況になるとblack midiとカリスマばっかり聴くようになるのはなぜだろうか。だんだんと聴く曲の幅が狭くなり最終的になぜかこの2組になる。あとVaporwave。そこからさらにヤバくなると三上寛とSuicide。

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11/21

 カリスマの3rdシーズンが動き出した。ずっとバルカン半島ばりに火薬庫の様相を呈していたカリスマ界隈だが、ついにどういう動き方をするかが固まったのか。キャラ崩壊とか言われていたが、猿川・理解・依央利・ふみやは通常営業だった。あと明らかに虎姫を使って何かを企んでいるのが意図として見えているので、判断するのはまだこれからにはなるかも。確かに今は7対1の構図っぽいけれど、今後虎姫が某追加戦士みたいに「皆さんを処刑しようかなって」と言い出して皆から「めんどくせ~~~」と言われるようなことになってからが本番だと思う。

 

11/22

 スタジオ (というか公民館) にドラムを叩きに行った。バスドラのダブルの練習を重点的にして、少しコツをつかめてきたかもしれない。3時間の予約だったのだけど、体感としては1時間弱だった。ドラムを叩くと楽器を始めたときの初心を思い出すと同時に、ギターやベースも頑張ろうという気持ちになる。やっぱり練習を積み上げていくことが大切だし、たぶんその先に喜びがある。

 

11/23

 BOSSのOD-2が気になる。BOSSエフェクターの中でも中古が出回っており、安けりゃ6000円くらいで買える。これ以上エフェクター買ってもしょうがないけど無駄に惹かれてしまう。安いし。

 

11/26

 

 映画化で話題になっていたちいかわのセイレーン編を初めて読んだ。島側の救いようのない罪と罰の物語に、ちいかわ側の強大な敵に立ち向かっていく冒険譚を組み合わせていて、まさに映画の物語だなと感じた。物語の結末を変えることはできないけど、主人公がその経験を通してちょっと大人になるやつ。クレヨンしんちゃんの戦国大合戦みたいなものだ。みたいなものか? まあともかく聞いていた以上にちゃんとエンタメしてる。同じくらい重くはあるが。

 そして初見でもそれぞれの個性がわかりやすい。自己中心的な引っ掻き回し役 (意図せず主人公を助けたりするのも「らしい」) のモモンガ、見るからに強キャラ (島二郎との共闘が熱い) なラッコなど、全員に活躍の場があってテンションが上がる。そしてちいかわが全編を通してずっと主人公してる。こんな泥沼の中でちゃんと冒険譚になっているのはやっぱりちいかわの存在がデカい。

 初めてちいかわをちゃんと読んでみて、シリアスとユーモアの協和・不協和のバランスが印象に残った。島二郎の存在もそうだし、最終決戦での「リズム感のある者たち」はちゃんとかわいいキャラとしての軸を持って戦っている。その延長線上にしるこサンドからの撲殺とか、葉っぱ2人組のめちゃくちゃ重い回想に単三電池でオチをつけるとかが普通にある。シリアスとユーモアを意図的に不協和させるといえば、堤幸彦監督作品も連想する。「主題歌は鬼束ちひろだろ」とか言われているのはやはりTRICKを彷彿とさせるからか。TRICKは見たことないけどケイゾクやSPECのノリを考えればなんとなくわかる気がする。正直ちょっと見に行きたいな。あとTRICKもいつか見たい。

 

 あと、「終末の箱庭」の1・2巻を読んだ。SFホラー感が前からちょっと気になっていて (SFホラーといったら「ブラック・ミラー」も気になる。ネトフリ入らないといけないけど) 、最近漫画読んでないし読んで見ようと思って買った。脳内ではキタニタツヤの「素敵なしゅうまつを!」が勝手にテーマソングとして流れている。そういえば合間にギターで「Rapport」「スカー」のリフや「大人になっても」のソロを練習したりしてた。

 

 そして、たまたまSNSで流れてきたスペインの短編ドラマ「La Cabina」(The Telephone Box) を見た。この前見た「泳ぐひと」を思い出すけど、あっちは因果応報的な面があるのに対してこっちは完全に不条理。物語の軸以外は一切削ぎ落とされているので、視聴者も主人公と同じく何もわからないまま終わる。これはやはり死そのもののメタファーなのか。
 レビューサイトを見ると「80年代、子供のときにトラウマを植え付けられた。これを見つけて一気に記憶がよみがえってきた」という人が多くいた。海の向こうにもそういうテレビ体験があるんだなあと思った。こういうのってなんだかロマンを感じる。いや、ロマンを感じてる場合ではないだろ。ラストの隣の男の末路はテレビで流していいもんなのか?

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▲スペインの公共放送のYouTubeチャンネル。だいぶ攻めた公共放送だ。

 

11/29

 最近なぜかちいかわの「パジャマパーティーズのうた」をリピートしている。

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 ところで、漫画を読んでいた時に下のコメント欄を見たら、「何で善人ぶってんだお前のせいだろ」「判断が遅い」みたいなコメントがそこそこついてる。そういうことじゃないだろと思う。漫画のキャラがみんな客観的・合理的に動くわけじゃない。「じゃあお前はこの状況ですぐその判断ができるのか?」といえばそんなわけがないのは当たり前で、その不完全さに人間性が出るしそれがキャラの核だと思う。そこにキレてどうするんだと思う。

 キャラクターは無謬ではないし、弱いし、間違った選択肢も選ぶんだよ。逆にそうじゃないと意味がないと思う。漫画のキャラですらゲームのPCみたいに見てる人が多くなってるのか。物語ではうまく立ち回ることだけが全てではないはずなのだが…

 

11/30

 最近ギターを弾いてても曲作りのアイデアが出ずに悩んでおり、ふとキーボードを叩き始めたらアイデアが出始めた。たまにはベクトルを変えないと行き詰まりがちになるな。

 

げねの日記 2025年 8-9月編

8/2

 親族のamazonアカウントが乗っ取られた。見てみると、表紙が見るからに生成AIで作ったイラストで、タイトルのフォントがメイリオ電子書籍が大量に買われている。恐らくAIで適当に電子書籍を粗製乱造して売り、さらにアカウントを乗っ取って大量に買わせることで金をだまし取ろうという魂胆だろう。クレジットカードのセキュリティコードがわからなくても、カードの情報がアカウントに登録されてさえすれば金をだまし取れるという訳だ。生成AIを使う奴ってどうしてこうモラルがないんだ。どうせ「皆が知らない裏技を使って周りの奴らを出し抜こう!」みたいな感覚で犯罪をやっているんだろう。とりあえずオンラインショップのクレカの登録は全部外そうと思った。

 

8/3

 最近おとぼけビ〜バ〜をよく聴いている影響で、脳内でカリスマの曲とおとぼけビ〜バ〜が交互に鳴るようになってしまって頭の中が大混乱。

 

8/4

 自分は他人からどう見られているかを気にしすぎる傾向がある。どうしたら不審に見られないか (まあこういう事を考えている時点で不審からは抜け出せないのだが) を考え、事前に会話の全てをシミュレーションする。なので外での活動の全てにおいて疲れるのだ。その上大体のコミュニケーションにおいてつまづき、思うように自分の意志を伝えられない。それをなんとかリカバリーしようとして余計疲れることになる。

 

8/6

 図書館をめちゃくちゃ活用している。古めの洋楽ならたくさんあるし、レンタルしようと思っていたCDもあったりする。久石譲Oasisもあるし、The SmithsSteve Reichあたりの図書館に入るか微妙なラインのものも意外とある。サブスクを使わない派の自分にとってはありがたい。

 

8/8

 図書館で借りた久石譲のCDに入っていた「Asian Dream Song」に感動している。長く活動しているだけあって知らない名曲が次々と出てくる。まだこんな名曲を隠し持っていたのか。あと最近チェックしているカリスマの新曲「超カリスマ凡踊り」が0時に配信、19時にMVが公開された。久石さんと交互に聴くと落差が激しすぎる。

 カリスマの曲を聴いているとコードの重要性を感じる。CHI-MEYさんの曲がわかりやすいが、聴きなれたメロディーをコード進行でエモくしている感じが新鮮で、元のメロディーの良さも再確認する。メロディーだけじゃなくてそこにどんな和音を当てるかによって相当印象が変わってくるのを実感。

▲コードがメロディーに与える影響については、この動画が分かりやすいかも

 そして明日からは三連休。「ばんばかばんばん ばんばかばんばん ばんばかばんばん ばんばかばんばん おーい おーい おーーい!」と(心の中で)叫びながら職場を飛び出し、久々の三連休に思いをはせる。そして超カリスマ凡踊りのMVを見て致死量のカオスを浴びる。

 

8/11

 カリスマ繋がりでヒプマイも気になり始め、ボイスドラマを聴き始めている。ここ数年こういうオタクコンテンツに触れる体力がなく、小説や映画を見るという行動を経て、やっと音楽以外にも目を向けられるようになってきたと思う。あとは欲しいもの (主に楽器) をほとんど揃えてしまったので、デジマートやネットモールを巡って思いをはせる時間を別のことに充てられるようになったというのも大きい。

 ヒプマイを本格的に履修しようと思ったきっかけは、MOROHAのアフロさんとあら恋の池永さんが手がけたBad Ass Templeの「開眼」を聴いたことだった。ヒプマイは曲から履修するものだとばっかり思っていたが、「曲を聴くだけじゃ作品そのものを知ることはできないのではないか」と思い、ドラマトラックを聞き始めることにした。

 途中まで聞いた感想だが、ヒプマイって意外と「友情・努力・勝利」みたいな部分があるなと思う。話の流れとしてはけっこう王道みたいなところがある。そしていきなりフリーザ (の声優の方) が出てくる。あとやっぱりキャラクターコンテンツはストーリーを追わないと本当の魅力はわからない。音楽を前面に押し出していても、あくまで核は物語だなと感じる。ラップという言葉を扱うテーマなら特に。


8/13

 仕事であっちこっち歩き回っていた最中、職員と相談中の来客者がこっち側を顎でしゃくり「こんな若い奴がいたって何もできねえ」と言ってきた。心の中の観音坂独歩が「ぶっ殺すぞオイ!!!!!」と叫び始めたが実際行動に出せるはずもなく、ただ黙ってやり過ごしていた。

 勝手に心の中で思ってればいいのになぜわざわざ言葉に出して無駄な軋轢を産もうとするんだろう。まあ他人を攻撃し、不快な気分にすることで上に立ちたいという輩は一定数いる。人間関係を上か下かでしか見ていないからこういうことになる。こういうやつは他人を不快にしたことに達成感を感じ、優越感に浸るんだろう。心の中では未だにリトル観音坂独歩が暴れ回っている。

 

8/16

 いい年をして恥ずかしい話だが、散髪代が浮くということもあって、自分は親族にお願いをして髪を切ってもらっている。しかし今回、少し髪の後ろの方を失敗してしまったので、店に行ってリカバリーをしてもらうことになった。

 というわけで近くの理容室を訪れた。理容師が「バッグ、そこ」「ここ、メガネ」(すでのこのとき自分がバッグの置き場所が分からず一悶着あった、しかし「ここ」だけで場所を示さなかった相手にも非はある) と高圧的に言ってくる時点で嫌な予感がしてくる。理容師は「身振り手振りを使うな、注文は言葉で具体的に言え」という旨のことを言ってから、どうしたいかを聞いてきた。いきさつを話すとそいつは「お前、他の理容室でもそうやって言ってるの?『なんとかしてくれ』だけ言って丸投げで?」と聞いてきた。もしかして迷惑かと聞くと、「おお。迷惑迷惑」と言ってきた。キレそうになるのを抑え「迷惑なのであれば申し訳なかった、今回は遠慮する」というようなことを言って、もちろんその場で退店。どうせこうなるから外には行きたくないんだ。ずっとナメられっぱなしで、コイツなら何を言ってもいいと思われてる。できるだけ引きこもっていたい。外界との繋がりを可能な限り絶って生活できればいいのだが…

 

8/17

 昨日からテンションがだだ下がりだったが、The Hivesを聴いて上がってきている。やっぱいざという時にはロックが助けてくれるんだよな。髪の方はまともな床屋に行けたのでなんとかなった。

 

8/18

 ヒプマイのボイスドラマを1週間かけて踏破した。やっぱり王道バトル漫画だこれ。グループ内での障害を乗り越えたり絆を深めたりして壁を乗り越えていくタイプのやつ。バトル系では定番の、狂人すぎて敵幹部にも疎まれている敵キャラも出てくる。最新のボイスドラマではそれぞれのチームが争いの連鎖を断ち切るための決意を新たにしていて、ここからストーリーが「VS中王区」から大きく方向転換するんじゃないかと思う。

 どうやらここからのバトルがファイナルと銘打たれているらしいが、ファイナルと言いつつまだ続くんじゃないか?今畳むにしても残された謎が多すぎる。天谷奴零関係のこととかそれぞれの過去とか。特に2ndバトル後に少し触れられた一郎と左馬刻の過去とかとんでもなさそうなのに、これを回収せずに終わるなんてことはないと思う。

 

8/20

 住宅街にカブが止まっていたり、道路でカブが走っているのを見るとかつてのことを思い出す。免許を取る前は、「免許を取ったらカブに乗る」と意気込んでいた。維持費も車ほど高くないし、スペースもとらない。行動範囲を広げるにはうってつけの乗り物だと思っていた。

 しかし自動車学校に通い始めると、自分が絶望的に運転に向いていないことが判明した。ハンドルの回し具合が車の曲がりに直結しない、車両感覚や距離感が全く掴めない、そもそも自分の認知能力がデフォルトでおかしいらしいといった問題が次々と出てきた。どこがうまくできないかを伝えても「何言ってんのかわからねえよ」と言われ、半べそをかきながら帰ったこともあった。なんとか免許は取ったが運転すること自体が怖くなってしまい、今や立派なペーパードライバーだ。そもそも自分のような人間が免許を取れること自体が恐怖以外の何物でもない。

 現在、車も運転できないのにカブを運転するのか?という気持ちと、カブなら車よりも自転車に近い操作感でいけるかもしれないという気持ちがせめぎ合っている。まあまずは車をそこそこ運転できるようになってからか。

▲下手すればだるま屋ウィリーの二の舞に…

 

8/26

 谷山浩子さんの「ガラスの巨人」を聴いて「こんないい曲がまだ世界にあるのか」と衝撃を受けている。そうこうしているうちにサカナクションのライブ冒頭生配信を見逃した。

 ここ数日はかなり曲作りの方に打ち込んでいたのだが、やっぱり音楽を聴く方も大切だなと思っている。音楽はやっぱりインプットもしていかないとアウトプットにつながらないので。履歴を遡るとここ最近はヒプマイ、zmi、The Hives、吉村弘、HASAMI group、Dead Kennedys谷山浩子Steve Reichなどを聴いている。今まで聴いてきたもの、名前だけ知っていたがちゃんと聴いてみようと思ったもの含めて幅広く聴いていきたい。

 

8/28

 図書館でNirvanaの「Nevermind」と「In Utero」、そして道尾秀介さんの「いけない」を借りてきた。「いけない」は近年流行っているちょっとメタ視点入ってるようなホラーを先取りしているような雰囲気を感じていたので、前から読んでみたいと思っていた。最後の写真で真相が分かるという仕掛けが売りらしかったが、それよりも写真も文章の一部というような感じだった。写真がなくても真相がわかったり、それとは別に文の中での叙述トリックがあったりもするので、途中で写真のことを忘れたりもした。最後の最後では映画のラストカットを写真で再現したような表現も出てきて、挿絵があることをうまく利用したな~と思った。ストーリーの方は一言でいうと「メリバだなぁ〜〜」。

 

 最近通勤の音楽として天気予報の「雰囲気」や「あすの天気」のような胡乱な音楽ばかりを繰り返し聴いていたので、違うのを聴こうと思いNirvanaにしてみたらいい感じだった。アッパーだったりロック感が強めの音楽は通勤時に聴くと自分の心がついていけなかったりするけど、Nirvanaはうまい具合にフィットした。

 

9/2

 歩道橋を見かけ、あそこからの景色ってどんなんだっけと思い久しぶりに渡ってみた。上に登ってみると思ったより怖くて景色を見る余裕がなかった。そういえば高所恐怖症ちょっと入ってるの忘れてた。結局下を見ながら足早に通ったので、歩道橋からの景色がどうかはあまりわからない。

 

9/5

 múmの2ndアルバム「Finally We Are No One」が良い。

 グリッチ系のエレクトロニカを聴くたびに、こういうグリッチビートはどうやって作られているんだろうといつも疑問に思う。調べると、múmの場合は生活音をサンプリングしているらしい。グリッチといえば電子音という先入観があったのでこれは盲点だった。作りたい音によっては、シンセで音作りするよりもサンプラーの方が手早く理想に近づけられるかもしれない。

 

9/8

 家を出る前はそうでもないのに、家を出て太陽を浴びた瞬間に鼻水が勢いよく出てくることがある。曇りの日にはそういうことはないので、なぜか太陽が鼻水のトリガーになっているのはわかる。理屈は全くわからない。

 

9/10

 仕事帰りに友人とヒプノシスマイクの映画を見に行く。友人とは自分がテンション下がり気味の時期にちょうど遊ぼうとなることが多いので、精神的な清涼剤になっている。あと週の真ん中に楽しみなことを入れると1週間が少し楽しくなる。
 ここ数日間はヒプマイの曲を聴いてテンションを上げながらそのまま映画の日へとつなげた。劇場版ヒプマイは観客がアプリで投票するインタラクティブ映画で、今回の結果はイケブクロが優勝。友人と感想や近況を語っているうちに、かなり話し込んでしまって気づいたら夜遅くになってしまった。帰宅し超スピードで寝る準備などをして就寝。

 

9/13

 自作曲のメロディをずっと考えていた。なかなかしっくりくる良いメロディが浮かばない。そんな中Weezerを聴いてメロの良さを改めて感じる。いろんなジャンルに手を出しながらそれらがちゃんとWeezer印の美メロで、バンドとしての軸のブレを感じさせないの凄いな。

 

 

 

9/19

 仕事帰りの疲れた体を引きずりながら、秋の気配がする涼しい風の中でたまの「いなくていいひと」を聴いたら相当キマった。秋ってかなり過小評価されている季節だと思う。過ごしやすいし紅葉もきれいだし季節自体にもエモさがある。しかし桜の季節・卒業シーズンの春、みんな大好き夏、クリスマス・お正月の2大イベントがある冬と比べるとどうしても見劣りしてしまう感が否めない。しかし秋には (仕組みはわからないが) いつもより音楽に心を動かされることが多いし、曲作りも進む。自分はこれをいわゆる芸術の秋だと思っている。

 

9/21

 Perfumeが活動休止するという報せが入る。自分が子供の頃からずっと走り続けてきているグループなので、そりゃここらで一回休まないといけないだろうと思った。PerfumeはACのCMソング「ポリリズム」からブレイクした。その繋がりでACのCMの情報を調べるループに入ってしまい、例によって怖いCMに遭遇。なので今日は風呂場でずっと「超カリスマ凡踊り」「FUJIYAMA CHARISMA」「カリスマピザパーティー」を歌いながら入浴を終わらせた。

 

9/22

 無色透名祭の曲をそろそろ完成させて応募しなければならない。それにも関わらず、今日はNikoんの「public melodies」と「fragile Report」を買ったのでずっと聴いてた。かっけえので仕方がない。「mouton」と「nai-わ」がとても良い。とはいえ他の曲も良いけど。

 

9/25

 親知らずを抜きに行った。前回の初診のときとは違って予約して行ったがそこそこ待った。TVの相撲中継から聞こえる全力の「はっけよーい」(行司の人が全力なのでTV越しでもそこそこデカい) にビビりながらも待っているうちに順番が来た。

 麻酔をして眠っている間に抜歯という流れだったのだが、眠ったという感覚はほとんどなく、時間が飛んだという感覚に近かった。医療技術に感謝しながら薬をもらって帰宅した。

 

9/26

 親知らずの抜歯から1日が経った。切開したところの痛みはほとんどとれたが、縫合糸が舌に当たってチクチク超えてもはやヒリヒリする。快適な舌の位置を探さなければならない。そしてやっぱり食べ物は食べづらい。傷口が開かないようにビビりながら過ごしている。

 

9/30

 ギターの弦がキシキシ鳴る。特にプレーン弦なんか少し触っただけでキーキー鳴ってしまう。弦をいろいろ比較してみようという考えのもと、現在はいつも使っているElixirではなくSITに変えてみていている。弦の潤滑剤も使っているのだがまあ寿命だろう。Elixirに慣れすぎたかもしれない。この次はFender弦を張ってみるつもり。OEM生産をダダリオが担当しているらしいので期待できそう。

 

げねの日記 2025年 7月編

7/1

 TSUTAYAの宅配レンタルで貸出中になっていたCDが戻るのを待っていたのだが、ふと見たら表示が「在庫切れ 貸し出し不可」になっていた。この表示を見たのはアポジー&ペリジーの「超時空コロダスタン旅行記」以来だ。傷で再生できなくなったのか借りパクされたのかは知らないが、こうなってしまったらもう買うしかない。アポジー&ペリジーみたいにプレミアでめっちゃ高くなってるようなものじゃなくてよかった。

 

 というわけでディスクユニオンでCDを買った。このサブスク全盛期にわざわざCDを買う意味について自問することがある。自分がCDを買う1番の理由は、サブスクはいつ終わるかわからないということ。大手企業ではまずないだろうが、サブスクはレコード会社の判断でいつでも止まる。インディーズや自主制作に近い形でやっているバンドであればなおさらだ。

 あと自分のスマホが特殊という理由もある。自分のキャリアはギガが使い放題である代わりにYouTubeやストリーミング再生ができないという仕組みであり(ネット閲覧くらいはできる)、外ではSpotifyApple Musicは繋がらない。逆に家ではどうだろう。YouTube Musicの多くの曲はYouTubeから直接聴けるし、洋楽ではOfficial Audioとして公式が上げてる場合も多い。なのでサブスクと契約したところで…というのが大きい。なのでやっぱりCDに戻ってくる。

 

7/3

 数カ月前、「殺戮にいたる病」を買おうと古本屋に行った時のことだった。あ行の前に立って「我孫子武丸」の名前を探していると、横からずっと手が伸びてきて、その手があいうえお順を示す仕切り版を落とした。自分と相手はそれを拾おうとし、お互い「あっ、すいません」と会釈した。男は仕切り版を戻すと棚から一冊の本を取って去っていった。それは「殺戮にいたる病」だった。もう一冊「向日葵の咲かない夏」も小脇に抱えている。叙述トリック初心者で、自分と全く同じことを考えている人間にわずかに先を越されたのだ。

 

 というわけで「向日葵の咲かない夏」を読んだ。(以下、ネタバレに関わる部分は反転)「殺戮にいたる病」を読んで叙述トリックに対する構えができていたのか、ミカが人間ではない何らかのものであることは予想がついた。さらに岩村先生が犯人であるというアピールがものすごいので、これはミスリードではないかということも感づいた。しかしその後自分は「殺戮にいたる病」とは別のベクトルから頭を殴られることになる。

 確かにこの本には叙述トリックが使われている。しかしこれは読者を騙すためだけに作られたトリックではないと主張したい。自分はこれが犯人当てのミステリであるという気があまりしないのだ。むしろこの本の主眼は、歪んだ大人たちが子どもにどのような影響を与えるかについてだ。トリックの判明によって与えられるのは驚きではなく、人間同士の関わり合いから生まれる陰惨さ、悲しみ、歪みである。

 

 あんな母のもとで育てばどんな人間だって歪む。というかこの本ではまともな大人がほとんど出てこない。ぶっ壊れた大人のもとで育った子どもはさらにぶっ壊れた人間になる。主人公の心理的虐待のシーンは読んでて相当キツかったし、しかもそういう虐待やもっとひどい事件は世の中にたくさんある。

 今日、あるエロ漫画家が子供を性的搾取していたというニュースが耳に入った。機能不全家庭の子供を狙ったらしい。S君の「自分に優しくしてくれるのが嬉しかった、嫌われたくないという気持ちがあったから言いつけも破らなかったし、それを見越して自分を選んだのかもしれない」という言葉が思い出される。

 子供が大人から逃げられないままどんどん状況が悪化していくというテーマは「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」にも似たものを感じる。ミステリという触れ込みであったが、事件が解決しようがしまいが主人公はいずれ自分の家に火を放つしか選択肢はなかったと思う。謎を解いたところで大人は総じてクソだし、どんでん返しの真相を知ったところで読者が思っていたよりひどい状態であることが可視化されるだけである。とにかく、謎解き以上のどす黒いものがこの本にはあった。 

 

 とりあえず「8億円売れているどんでん返し!8億売れた面白さ、体感してください!」の帯は今すぐやめたほうがいいと思う。

 

7/7

 買った中古CDが届いた。複数枚の中から杏里の「Timely!!」から聴いた。先行シングルが「CAT’S EYE」「悲しみがとまらない」の2曲である上に、アルバム全体もシティポップの名盤と高い評価を受けている強いアルバムである。このアルバムについてはたくさんの人が言及しているので自分がわざわざ話す必要もないだろう。

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 「CAT’S EYE」と「悲しみがとまらない」はもはや聞き馴染みがありすぎて、シティポップ100%の流れの中で聞くと逆に違和感。ふと「悲しみがとまらない」が異彩を放っていることに気がつく。改めて聴いてみるとNTRだこれ。オタク界でNTR旋風が起こってしばらく経つ。オタク文化どっぷりの僕らはもう麻痺してしまっているが、普通はNTRれたらマジで悲しみがとまらないはずだろう。遊び半分で脳破壊とかワーキャー言ってる場合ではない。耳に入ってくる「友達も恋人も奪って」「彼を返して」「誰か助けて」というワードから心情の悲惨さが伝わってくる。派手なアレンジで今まで気が付かなかった。

 

7/8

 歯医者の定期検診に行ったが、急遽休診になっていた。初めて予約した歯医者だったので、歯医者の人が休診の連絡を入れようにも連絡先が分からなかったらしい。というわけで日を改めて予約をし、問診表をもらって帰ってきた。その後、意気込んで歯医者に挑もうとしていたのが嘘のようにアイスと飴とジュースを貪った。

 

7/9

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 最近カリスマの曲をよく聴いている。今日は仕事をしている間に頭の中で「ピーピピ ピーピピ ザーザザ ザーザザ パッパラピーヒャラ パァーリッリ」とメロディーがずっとループしていた。

 少し前にカリスマを知り、いくつかの曲だけは知っていた。少し経って、「バーバパパがMV制作に関わっている」と聞きつけ「カリスマ温泉郷」を見たことをきっかけに、カリスマの楽曲を巡回してしまった。アニソンなどで活躍する作曲家以外にもT-Pistonz・MHRJ(マハラージャン)・オメでたい頭でなによりORANGE RANGEバックドロップシンデレラなどが楽曲提供していてかなり豪華。そして何より映像がヤバい。と思ったら監督スミスさんかよ。

 

7/10

 暑くなると鼻水が出まくる。ティッシュを最低3枚は重ねないと鼻水が貫通するし、薬を飲んでも効き始めるまでの時間が辛い。この前職場でティッシュが切れたときは、10分おきにトイレに行ってトイレットペーパーで鼻をかんでいた。

 

7/11

youtu.be

 ORANGE RANGEの「イケナイ太陽」の新MVの内容が平成ネタを詰め込んだもので、平成生まれの人々が盛り上がっている。みんなが平成平成とテンションが上がっている中で、自分はノスタルジーは感じられても「自分は平成生まれだけどこの時代を経験したことがないぞ?」と感じていた。自分は「イケナイ太陽」が入ったアルバム「PANIC FANCY」をリアルタイムで買ってもらった世代であるが、その思い出がMVに出てくる平成感とつながることはない。

 その後SNSで「2000年前半に生まれた人たちが過ごした『平成』には象徴的なものが少ない気がする」という意見を見て、なるほどそういうことかと思った。今回出てきた「平成」は90年代後半生まれの文化であり、平成は30年近くあってその時代で一括りにできるものではないのだ。自分にとって平成のカルチャーはVaporwaveやシティポップなどの80年代リバイバルと大差ないのかもしれない。とはいえ自分は80〜90年代にも2000年代にもエモを感じることができる。なぜだ。実際に経験した世代ではないのに。

 

7/16

 最近見ている作品の流れがかなりヘビーすぎる気がする。殺戮にいたる病→リング→アクト・オブ・キリング→向日葵の咲かない夏→ミッシング・チャイルド・ビデオテープ→魔法少女山田 (進行中) というルートをたどっているのだがちょっと重すぎる感じがある。最近暑いし湿気もすごいし体も重いので、魔法少女山田を見終わったら一旦軽めのものに移行するのも良いかもしれない。

 

7/20

youtu.be

 カリスマのボイスドラマを勢いで全部見てしまった。カリスマの何が自分を引きつけているのかはまだわからないが、ついつい見てしまった。前述の通り(7/16)、ヘビーな作品が続いていたので全力でトンチキを摂取できるものを求めていたのかもしれない。とはいえシリアスもあるし、カリスマブレイク (物語が大きく動くところでキャラソンが出る) の時とかはなんだかんだでテンションが上がってしまう。

 

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 例によって音楽の話になるが、湊大瀬のキャラソン「雪解」を作ったRyu Matsuyamaさんの「ATOMS」が良い。調べたらインタビューでRadioheadの「Motion Picture Soundtrack」について話してて親近感を覚えた (自分がRadioheadに惹かれたきっかけもこの曲) 。

Radioheadの「Kid A」ってアルバムの最後に「Motion Picture Soundtrack」というただオルガンが鳴っていてトム・ヨークの声が入っているだけの曲があるんです。それが僕には気持ちよすぎちゃって。衝撃的でしたね。”

natalie.mu

youtu.be

▲正確にはハープと恐らくオンド・マルトノも入っている。この音がたまらない。

 

 カリスマのボイスドラマは1年半ほど更新されていないらしい。これは推測になるが、新メンバーの立ち回りなどの課題もあり、ストーリーをどう展開させるべきか頭を悩ませているのではないかと思う。こういう変化は常に賛否両論あるもので、脚本の力量が求められてしまうところがある。しかしながらイベントもかなり活発だし、新曲も多いしアルバムも出す (自分は曲から入ったのでてっきりストーリーも動いているものだと思っていた) ので新展開の発表はかなり近いだろう。

 と思ったら公式サイトに謎のメーターが出てきていた。見たことあるぞ。新作リリースや新展開をほのめかすためによく使われるやつだ。これは確定演出だと思っていい。やはりツアー最終日に新情報公開の可能性が大だと思っている。

 

7/21

 選挙が終わった。もちろん投票はしたが、いつにも増して暗い気持ちになっている。実質的に与党支持者の一部が参政党のようなカルト政党に流れただけで、事態はより悪化しているように思える。しかしやるべきことをやっていくしかない。社会に対して何ができるか、どう働きかけていくべきかを考え続けないといけない。

 しかしこれが政党だけの問題とも思えない。「帰ってきたヒトラー」を思い出している。民衆が支持しなければこういうことにはならなかった。選挙演説での支持者と抗議者の争いの中で「15円50銭と言ってみろ」と言った奴がいる。これは朝鮮人虐殺に使われた言葉だという知識がありながら (この後「お前それどういう意味か分かってんのか?」「よく知ってんじゃねえか」というやりとりにつながるのでこの知識は知っているであろう) 、それを肯定しさらには現代にも起こしたいという意思表明ではないか。「合法的に殺せる相手を見つけたい」という欲望がビンビンに伝わってくる。このままでは「差別はいけません」どころか、最悪「人を殺してはいけません」が政治の争点になってしまう。もう終わりです。

 

 あと、歯医者で上下左右の4本の奥歯にそれぞれ虫歯が見つかった。あと親知らずもヤバそうなので抜くべきだということになり、紹介状を出された病院を調べると (紹介された医師とは別人だが) 医者から理不尽に「考えが足りない」「常識ってものがない」と罵倒されたという口コミを見て非常に不安になっている。こういう時に自分が体験したかのように異常にドキドキしてしまうのどうにかならないだろうか。こうしてさらに落ち込む。

 

7/22

 何かやるべきことを忘れている気がする。買ったライブDVDを受け取り、魔法少女山田を見て、歯医者①に行き(待ち時間が2〜3時間らしいので本も持っていき)、歯医者②に行き、1ヶ月後の予定をカレンダーに書き…という具合に順を追って振り返ってみても、常に何か思い出せない用事がどこかにある気がする。

 何かイレギュラーな事が起こると、それを早く終わらせようとして余計パニックになる。しかし不安の種を放っておくと日常でやるべきことの方に集中できなくなり、じわじわとメンタルを削り取っていく。こんなときはとりあえず落ち着こうとすることに限る。

 

7/23

 ヒトリエの「LIVE TOUR UNKNOWN 2018 "Loveless" - 2017 “IKI”」をやっと買った。自分は昔からCDを優先的に買うという生活を送ってきたので、ライブDVDを買う習慣が全く無い。しかしヒトリエのこれはいつか買わなければいけないと思っていた。記録媒体が充実している時代でよかったと思う。そういえば少し前に鹿児島ローカルのテレビでwowakaさんの特集がやっていたらしい。wowakaさんの親族がインタビューに答えていた。これは地域に密着するローカル局にしかできないことだなと思った。

www.kts-tv.co.jp

 

 しかし暑すぎる。気候変動やべえ。ニュースでは「命の危険」とか言ってるし、職場の人が熱中症で早退した。

 

7/24

 親知らずを抜きに、紹介状をもらった歯医者に行った。調べると「2〜3時間は待つ」とのことだったので、図書館で借りたアガサ・クリスティの「春をして君と離れ」を持っていった。レントゲン撮影を終え、呼ばれるまでは小説を読んで過ごすことにした。読み進めていると、疑念で気が休まらない主人公のジェーンはこう思う。

これは何かを連想させる——そう、歯医者の待合室で順番を待っている気持。

『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー(著), 中村 妙子(訳) (早川書房, 2004年)

 まさしく自分だ。これはまさに今読むのにぴったりの本じゃないか。恐らく何かの巡り合わせに違いない。この状況でこの本を読めるというのはもしかしたら運がいいかもしれない。

FIVE HOURS LATER…

 時刻は午後2時、本を全部読んでしまった。面白かったが、本を読み終わった時の疲労感と昼食が食べられない空腹感でかなり調子が悪くなっている。もう病院に来てから6時間が経過している。期せずして自分は「春をして君を離れ」のジェーンのようになってしまった。違いは周りに人がいることと、スマホがあるので思索にふけらなくてもいいということだ。ジェーンは宿で出される食事に文句を言っていたが、今の自分からしたら何を贅沢なことを言ってるんだという話だ。さっき来たジジイがどうして自分より後の順番の番号が呼ばれるのかとぶつくさ文句を言い、妻と思われる人にたしなめられていた。こちとら空腹を堪えながら6時間もここにいるんじゃ。

TWO HOURS LATER…

 3時に呼ばれ、これからの抜歯スケジュールを決めて帰宅。もう4時半。本来ならこの休日を有効活用し、午後からはヒトリエのライブDVDを楽しもうという計画だった。しかし今は腹ごしらえしか頭にない。家に着き手洗いうがいを済ませると、全てを放り投げて真っ先に台所へ向かい、パスタを茹でる。そこにパスタソースをぶっかけて食べる。途中でフォークではなく箸を使って食べていることに気づいたが、そのままそばがうどんのようにパスタを食べた。

 それにしても暑い。温度計を見る。37度。これでは電子機器を使うのは危険すぎる。DVDも後回し。パソコンもつけられない。それに楽器にも悪影響だ。まずは温度を下げなければ。扇風機2台とサーキュレーター1台を回し始める。「春をして君を離れ」の余韻はどこか遠くへ飛び去っていた。

 

7/25

 コミュニケーションが下手すぎる。ずっと前から緊張し、何度も何度も頭の中でシミュレーションして、いざやってみるとそもそも自分が考えていた前提が全て間違っており、うまくいかない。それによってまた時間を無駄にしてしまう。でもその徒労こそが人生なのかもしれない。しかし自分はその徒労を受け入れるまでのレベルにまだ到達できていない。

 ということでまだヒトリエのDVDを見れていない。あとフジロックもチェックしなければ。トリプルファイヤーは遡って見れるのだろうか。そしてガラナが美味い。

 

7/26

youtu.be

 ヒトリエのライブDVDを見たり、フジロックの配信を見たりした。ヒトリエのライブDVDは本当によかった。ライブ録音の方が逆に音源よりも何を弾いてるのかをとらえやすかったりするので、耳コピや目コピにもかなり重宝すると思う。そして、IKIツアーのラストのモンタージュガールで、メンバーそれぞれの四分割画面にai/SOlate期のロゴが出る演出がめっちゃよかった。

 フジロックはGinger Rootを途中まで、それとVulfpeckを見た。Ginger Rootは最後のメドレーとセッションを観られなかったのが残念だったが、Vulfpeckは全部見れた。盛り上がりがすごすぎる。やっぱりみんなVulfpeckを待ち望んでいたんだなあと感じる。

 

7/28

youtu.be

 欲しい楽器をあらかた買ってしまった。あとはKORGの01/Wがソフト化したらKORG Collectionが欲しいが、これは願望でありそもそも製品化するとは限らない。そしてRolandのJD-800のソフト版も気になるが、Rolandのソフトは重いらしいので買うならJD-08の方が欲しいというくらい (しかしRoland買うなら01/Wで十分という声もある) 。Teenage EngineeringのPocket Operatorも気になったけど買いたいとまではいかない。いい傾向だ。金を節約して別の方面に使える。

 

7/29


www.youtube.com

 「魔法少女山田」を全話見た。今までのTXQ FICTIONでは監督のクレジットはなかったが、今作では寺内康太郎さんが監督としてクレジットされている。寺内さん色が強いのだろうかと思いながら見ると、確かに今までよりもフェイクドキュメンタリーQに近い気がする。以下、ネタバレ反転で色々書く。

 

 テレビで美輪明宏さんが首つり死体を発見した際のことを話していた記憶がある。眼球が飛び出て、口からは血の泡を吹いていたそうだ。また、首つりは排泄物が全て垂れ流しになるというのは有名な話だ。その一部始終を幼稚園児は目の前で見たわけで、繰り返し「思い出さない方がいい」と言われていたのも当然である。大枠の「魔法少女に対する恐怖心」がどこから来るのかについては明白になった。この構図だけでもグロテスクであるが、これを見続けてきた視聴者の心には別の謎が浮かび上がってきたことだろう。それは「三田愛子がいったい何をやったのか」である。

“テレビの文脈で考えると、リアリティショーと呼ばれるジャンルの番組がありますよね。ただ、リアリティショーだけじゃなく、本当は台本や構成が用意されているフィクションなのに、あくまでドキュメンタリーかのように見せるコンテンツは世の中に本当に多くて。個人的にその手法が好きじゃないんです。ドキュメンタリーを謳うことの暴力性に、作り手があまりに無自覚だし、それによって、ひどい時には事故も起こるので。”

tokion.jp

 この作品のテーマの1つとして「事実の歪曲」があると思う。トム・ブラウンのバラエティパートや「魔法少女おじさん」パートでは時系列の入れ替えが示唆されている。「魔法少女山田」もとい「魔法少女おじさん~第2章~」でも時系列が入れ替えられていても不思議ではない。実際に考察班が、貝塚の園長への暴力沙汰は三田の自作自演ではないかと指摘している。2話での意気消沈する山田を三田が詰めるシーンは、「三田を信用してはならない」という制作側からの大ヒントだろう。

 自分はここ数ヶ月「殺戮にいたる病」「向日葵の咲かない夏」「アクロイド殺し」といった叙述トリックの作品を読んでいた。重要な情報は作者によって意図的に伏せられ、ミスリードの方向に誘導される。「魔法少女山田」はまるで解決編のない叙述トリックのようだ。何かが伏せられていることは分かる (三田の不審な動きがあえて提示されることによってわかる) が、自分たちが見ることができるのはほとんどが三田から提示された情報である。

 この作品に出てくるほとんどの映像は制作者の意図によって歪められている。防犯カメラの映像だけが、唯一の客観的な映像だ。唯一真実としての信用に足りることは、山田正一郎の死のみである。しかし防犯カメラの映像は直撮りであり、教室の中を映そうとズームしたりする。この時にフレームの外で誰かが映っていたとしても不思議ではない。「山田が死んだ」という事実からそこにいたるまでの経緯を肉付けしていくには、他の情報があまりにも信用できなさすぎる。そうして山田の死は文脈から断絶されてしまった。

 僕らは正しいことを何も知ることができない。何も信用することはできない。3話で貝塚と会っていた三田愛子だって本人とは限らない。年を取ったといってもあれは明らかに別人だ。そもそも山田は本当に首をつったのだろうか。映像の中では山田が首つりをする現場は全く見ることができない (それはそうだ、放送コードに引っかかる) 。本当に心不全だったとして、「幼く何が起こっているのか分からなかったゆえに、山田を見殺しにしてしまった」というのがトラウマの原因にしても一応の辻褄は合う。しかし縄らしきものを持っていたのは首をつろうとしていた証拠ではないか。山田の自殺の原因は、三田が山田を利用し追い詰めたことという説もある。三田の術中にはまるものかと思えば思うほど訳が分からなくなっていく。漫画の方では何か手がかりがあるのだろうか。それともさらにわからなくなるのだろうか。

 最近いろいろな騒ぎがあったのをきっかけに、ホラー作家が田舎や障害者への差別意識を土台とし、安易な構図で作品を作っているという批判も見るようになってきた。そんな中、TXQ FICTIONはその矢印を自分たちに、そして僕ら視聴者に向けた。一人の人間をコンテンツとして消費することの異常性、そしてドキュメンタリーと言っておきながら中身は恣意的な誘導に溢れているという危険性に対してTXQ FICTIONのチームは向き合った。テレビ業界の中でこういうテーマを取り上げることに作り手の誠実さを感じる。

 

 ところで、TXQ FICTIONという名前ってもしかして「テレビ東京 (TV Tokyo) × フェイクドキュメンタリーQ」とも解釈できませんかね?

 

7/31

youtu.be

 ガザで起こっていることがまさにホロコーストの再来だ。しかし自分は何をするべきなのかがわからない。UNHCRへの募金くらいしか思い浮かばない。当時ナチスと同じ時代にいた人もこんな気持ちだったのだろうか。実際に同じ立場に立ってみるとここまで無力だとは思わなかった。このままだと本当にただの傍観者だ。自分が「見て見ぬふりをして虐殺を許していた共犯者」になるのが本当に怖い。

 

げねの日記 2025年 6月編

6/1

 ツタヤディスカスで11枚のCDを借り、一日ちょっとで一気に聴いた。あぶらだこeastern youth、間宮貴子やBoards Of Canadaまでまとまりのないラインナップだったが、一番最後にピノキオピーの「HUMAN」のDISC2の最後の曲「hanauta」を聴いたときに、1つの旅が終わったというか、1本の映画を見終わったというか、そういうような感動があった。個々のアルバムは全く無関係なのに、なんだかあらゆる人生を一気に駆け抜けてエンディングにたどり着いたような気持ち。UNDERGROUND SEARCHLIEの「がんばったがダメ」とピノキオピーの「空想しょうもない日々」が自分の中でリンクしたり、それぞれの生き様が一瞬重なるような瞬間を勝手に感じていた。当たり前だけどこの世界には色々な人がいて、そんな中で個々がそれぞれバラバラに歩いていることが大きな流れを作り出しているような、そんなつながりを勝手に見出していた。

▲そもそも「hanauta」自体が何かのラストを飾るのにふさわしい良い曲なんだよなあ

 

6/5

 音楽関連のものばかり買っているので他にも何か手を出したいという話をしたら、本を読むのを勧められた。確かに今まで気になって読書メーターを見ては結局手を出していない小説がいっぱいある。

 自分はネタバレはあまり気にせずそこに至るまでの人物の心の動きを追う方である。しかし世の中にはネタバレを一切踏まずに見るべき作品がある。特に「殺戮にいたる病」や「向日葵の咲かない夏」のような叙述トリックが使われている作品とかはそうで、初見で衝撃を体感するのが最もいい体験なのは明らかである。もちろん上記2作のネタバレは一切見ていない。

 あと「怪談えほん」シリーズも気になる。しかし自分はビビリなので視覚で恐怖を表現されるとなると二の足を踏む。

 

6/6

 Switch2の争奪戦を見て、「そんなにすぐ欲しいか?」と思っている。確かに新作ゲームをやりたいのはわかるが、別にそんな急ぐことはないと思う。待ってりゃ増産するんだから転売に手を出したりとか、小学生から強奪したりとかする必要はないと思う。まあ小学生から強奪の事件は「自分はこんなにSwitch2に命をかけている」アピールだと思うけど。自分から自慢げにツイートしてたし、でまかせかもわからない。そもそも他人が持っていないものを持っていることをアイデンティティにしてはいけない。

 

6/7

youtu.be

 小説を借りようと思い図書館へ行ったらあれよあれよとCDコーナーに吸い込まれ、Talking HeadsとEarth, Wind & Fireを借りて帰ってきた。とはいえちゃんと本も見たのだが、おすすめされた「リング」も「らせん」もなかった。あったのはハードカバーであまりにもガンギマリな装丁の「ループ」だけだった。さすがにシリーズの最終巻から読むなんてことはしない。

 自分はなぜか小説の装丁デザインに不気味さを感じることが非常に多い。特にハードカバー版に恐怖を覚えることが多く、手に取るのにけっこう躊躇したりする。そして、文庫本の裏表紙に決まったデザインであらすじが書いてあるのを見ると安心するタイプだ。こういう人って他にもいるのだろうか。

 

6/8

 ロサンゼルスで市民と武装兵が衝突している。きっかけとしては、ICE(移民・税関捜査局)の武装兵が商業施設や幼稚園にいきなり侵入し、有色人種に銃を向け碌な手続きもせず無差別に拘束したり、州の窓口に更新手続きに来た移民をそのまま拘置所に入れたりすることが続いたのが原因のようだ。ちょうど自分はVaporwaveの映像を見ながら「マウンテンデュー飲んでみたいな」なんてことを思っていたところだった。昔のアメリカ文化に浸っている間に現代のアメリカ市民は拘束され、弾圧されている。自分はなんて呑気なんだろうか。

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 レトロカルチャーがオルタナ右翼のお気に入りになって久しい。こうしたエンタメは保守層の「昔は良かった」というイデオロギーに利用される。しかし、本当の意味で「良かった時代」など存在しないのだ。人間は常に悲惨な事件、差別、社会不安と隣り合わせで暮らしてきた。そんな中で社会不安を吹き飛ばしたり乗りこなしたりするために、もしくは単により消費者にウケそうなものを作ろうとして創作物や文化は形作られてきた。だから昔のポップカルチャーはキラキラしているように見えて当たり前なのだと思う。それは当時の人々の理想をそのまま体現したものだからだ。それは必ずしも現実とイコールではない。

 

6/9

youtu.be

 レトロカルチャーの良さの本質は「時代」ではなく「記憶」にある (偏見) 。Vaporwave周りのモチーフは子供の頃に訪れたショッピングモール、昔見ていたテレビ番組・CMやゲームなどが多い。それらは自分の主観的な記憶である。日本のCMなどを使用したVaporwave / Future Funkのミックス動画に「自分は日本にいたことがないのに存在しない日本の記憶が作られていく」というコメントがあった。そうした哀愁はその時代感だけで成立するものではなく、自分の昔の記憶の良かった部分だけを再構成したもの、もしくはあたかも自分がその時代を体験したかのような錯覚を起こさせるものによって喚起されるのではないか。

 近年のファッションやデザインにおけるレトロリバイバルには、「若者には新鮮なものに見える」という部分が受けていると聞いた。しかし、ノスタルジーやメランコリーが渦巻く懐古趣味の湿っぽさとは違いがある気がする。体験・もしくは追体験がレトロリバイバルをより湿っぽくし、そうしたかつての文化が自分の目にはどうしようもなくキラキラして映っていたという主観性こそがVaporwave、ひいては人間の懐古趣味の本質なのではないだろうか。

 

6/11

 ゲオの宅配レンタルのサイトに張り付いて、借りたいCDの在庫が復活するのを監視している。借りたいものを一括で借りようとすると、あるCDが借りられるようになっても別のCDの在庫がないということがほとんど。しかし別で借りるとその分送料がかかってしまう。複数のCDの在庫がちょうど重なるタイミングを逃せない。

 

6/13

 「殺戮にいたる病」を読んだ。「叙述トリックといえばこれ!」みたいな特集では必ずといっていいほど最初に出てくるし、「これを読まずにミステリを語るなかれ」なんて仰々しい宣伝文句をつけて売られていたりもする。そんなに絶賛されるのには相当の理由があるのだろうと思い、前から気になっていた。

 自分は小説を読むときは頭の中で映像を作りながらストーリーを追っていく。そうすることで文字列としてではなく物語として自分の中に入ってくる感覚がある。樋口役は「自分を『老いぼれ』だと言っているが女性から好意を抱かれる壮年の男性」という描写から松重豊さんで脳内再生された。

 しかし犯人である稔の外見を形作ろうとしたところで、どうするべきかと悩み始めた。自分の想像でイメージを固定化してしまうと、その時点で叙述トリックにまんまと引っかかる可能性がある。(以下ネタバレに関わる部分のため反転)そんな中で脳内で稔としてイメージされたのは、なぜか風間俊介さんだった。しかし稔は大学に行っており、年齢的にもギャップがあるというか…と思いながらもそのまま読み進めた。そもそも風間さんはもう40代だし…

 

 合ってた。

 

 実写化不可能と言われているけど、役者的な意味では稔役に風間さん引っ張ってくればいけるんじゃないか? この年代特有の「中年男性に惹かれる若い女性」のような無理のある設定も彼なら違和感がない。まあ仮に映画になるとして、このとんでもない役を受ける訳がないだろうが。

 

6/16

 バンドやろうぜ!の公式ファンブックを中古で安く手に入れたのだが、特典にOSIRISのライブ音源CDがついてきた。全くそのことを知らずに購入したので、嬉しい誤算だった。

 

6/19

 宅配レンタルでCDを20枚借りた。20枚で40%引きのクーポンが配布されており、それを使って一気に気になってたアルバムを借りた。

 

6/21

 5弦ベースを探していて、YAMAHAのBB235が気になっている。俺でも買えるパッシブの5弦ベースで一番良さそうなのがこれ。ボディはアルダーだし指板はローズウッド。それでこの価格は本当に驚き。そしてYAMAHAだから作りにも定評があるという信頼性。ピックガードを外して旧世代に近い見た目にしてみたら良さそう。


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6/22

 Kane Pixelsという人が作ったホラー動画をビクビクしながら見ている。「The Oldest View」シリーズは見れたけど「Backrooms (Found Footage)」シリーズはちょっとキツい。


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6/23

 テレビ大陸音頭のアカウントが観客の撮ったライブ映像をリツイートしており、未発表曲がとてもかっこいい。アルバムが出るのを心待ちにしている。

 

 

6/24

 「リング」の原作小説を読んだ。映画版と設定が違うことは耳にしていたが、主要人物の高山がガチの邪悪であり「貞子ォ!1週間と言わずに早くコイツを殺してくれェ!」という感情で読み進めた。しかし話が進むにつれて、過去の高山の悪行と今読んでいる高山の人間性が全く結びつかなくなる。違和感を持ちながら読み進めていくと…。これを説明するとちょうどネタバレになるので言わないが、じゃあその邪悪さが本当だと信じながら付き合いを続けていた浅川はなんなんだよ。

 ふと数年前に「リングをお坊さんが同時視聴し、死人が出たら読経」という企画が話題になっていたのを思い出した。その勢いで映画版「リング」と「らせん」も観てしまった。リングはお坊さんの読経付きで。


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 不思議だったのが、キャラクターの人物像や設定をかなり変えているにも関わらず、原作と映画のイメージの乖離がほとんどないこと。車中の犠牲者の死に方も原作を忠実に再現しているし、浅川がタイムリミットに近付くにつれ狼狽していく様子もかなり原作と同じ雰囲気を出している。井戸の水を汲み出すシーンで浅川がバケツを落とした時の「バカ野郎!俺を殺す気か!」という高山のセリフなどもまんまだし、変える部分と変えない部分のバランス感覚がすごいと思った。

 


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 そしてそのまま「アクト・オブ・キリング」のノーカット版を見た。以前から観なければと思っていたが、インドネシアのヤクザ「プレマン」が起こした大虐殺を加害者視点から追うという内容とそれが2時間45分続くことも相まって、とんでもなく体力を消費した。

 出てくる市民の人々がプレマンの顔色を伺っていて、ずっと嫌な空気が漂っている。皆が皆「民兵には逆らえない」という雰囲気を出しているし、その感覚は当たりだった。プレマンが華僑にたかり、暴力をちらつかせ恫喝して金をせしめる場面が思いっきり出てくる。ほとんどディストピアのようであるが、これは現実に起こっていたことだ。

 そしてかなり辛かったのは、映画の殺される役として来た男が親を殺された華僑であったシーン。「あなた方を責めているわけではなく、映画のため…」と言いながらニコニコして (しかしその奥の感情は容易に読み取れる) 自分の家族が殺されたことを理解させようとしているが、相手にされない。被害者側が加害者に殺されないようご機嫌取りをしながら、殺されるシーンの演技をさせられている (途中からは本気で泣き始める) のはめちゃくちゃ辛いし不愉快だった。

 

 プレマンは共産主義を殲滅するとか言いながら全然そうではなく、反共を理由に無軌道な暴力をふりまいているだけ。というか民兵が「パンチャシラに平和を!」を一斉に叫ぶシーンや、共産主義者プロパガンダ映画を子供に見せているという国策は、自分たちが想像する共産主義ステレオタイプ、ひいては独裁主義そのままのように感じる。「何が民主主義だ、独裁体制の時の方がよっぽどよかった」という言葉から、資本主義や共産主義などではなくただの私利私欲のための暴力であると感じる。政治家も皆「プレマンの暴力があれば簡単に市民に言うことを聞かせられる」ということを言っており、本当に腐っていると思った。

 そして思ったのが、ここでは「殺す」という選択肢が普通に生活の中に溶け込んでいるということ。「イギリスも侵略の時に先住民を殺戮したじゃないか」「殺しを咎めるのならカインとアベルの頃まで遡れ」「話を蒸し返してもう一度殺戮をやってみせるか?俺達にはそれができる」とんでもないことを言っているが、ここでは力のある者が人を搾取していいし、殺してもいいという暗黙の了解が働いている。それが人間の自然状態であるというかのような話し方に聞こえる。

 

 アンワルを主人公として撮影することに決めた監督の采配はよかったと思う。おそらく他の人物であればさらに目も当てられない内容になっていただろう。アンワルは虐殺を自慢する中でたびたび自分の行為を悔いているような行動を見せるが、終盤で「報いを受けるのが怖い」と吐露する。被害者への感情はないだろうが、おそらく神の存在というか、因果応報のような考え方は持っているのだろう。映画の中で自分が被害者役になって拷問を追体験しようとするのは、なんとか逃げ道を見つけようとした結果なのではないか。その行為によってなんとか逃げようとしていたアンワルだが、最後に監督の言葉によって退路を断たれる (ここに映画のすべてが集約しているようにも思える) 。アンワルは映画の最後に何度も吐くが、胃からは何も出てこない。

 理解できなさと様々な負の感情で、この映画を自分の中に落とし込めず頭がパンクしそうになっている。終盤の監督の一言でなんとか正気を保っていられる感じだ。今の状態で1つ言えるのは、人間は他人との関わりによって生き延びてきた、要するに社会的な生き物であって、弱肉強食ではなく適者生存の論理によって種を残してきた。簡単に殺し合っていたら人間はすぐ絶滅してしまう。そう思いたい。頭が痛い。

 

6/29

 最近YouTubeのサムネなどで縦書きの文が出るときに、左から右というように行の進行方向が逆に書かれていることが多い気がする。ボカロ曲のサムネなどでも同じようなものが見られる。小説などを読んでいる人間にとっては相当違和感があるだろうし、自分もそうだ。しかし昔の人たちは横書きの文を「ルービスビヱ」「品粧化堂生資」というように右から左に書いていた。もしかしたらこの形が浸透する日も来るのかもしれない。